まあホントにただのオタクが大学時代を振り返るだけなので
物好きな奴がいたら聞いてくれ
なんとなくぼかすと時代は某萌バンドアニメが覇権を握ってる頃
俺は、大学に進学してピカピカの新生活を始めた
みんな何のサークルに入ろうか迷っていたけど、俺は入学する前からずっと、何の部活に入るか決めていた
真っ先にとある部活の部室に向かった
「漫研」だ
何を隠そう俺は高校時代から根っからのオタクだったし、
この頃は「漫画家になりたい」と本気で思っていたので、漫研以外の選択肢はなかった
正直高校時代の校舎の方が綺麗なレベルだったw
苔むした駐輪場を抜けて、コンクリートが剥げた階段を昇って、3階に漫研の部室があった
人の気配はそこかしこからしたけど、薄暗くて不気味だったわ
俺は呼びかけながら「漫画研究会」と書かれたドアを叩いた
返事がなかったので、何度も叫んでドアを叩いたw
すると、中から「うるさいなぁ空いてるよ!」と声がしてドアが開いた
先輩「え、あ? 誰……?」
俺「一年です!入部したくて来たんす」
先輩「ああ、そうなの……じゃあとりあえず中へ…」
そう言われて、部室の中へと案内された
先輩は話しながら何度も目を擦っていたから、部室で寝ていたのかもしれない
壁なんかはパッと見ヤニだらけで黄ばんでいて(昔はタバコが吸えたらしい)
アニメやらエロゲのポスターが無造作に貼られていた
脇に置かれたボロボロの木棚には同人誌やら漫画本がぎっしりと並んでいた
広さは10畳…くらいかな?
ひとり暮らしのワンルームよりは広くて、中央に古臭い長机と椅子が置かれていた
『図書館戦争』や『狼と香辛料』のポスターが目に付き、「センスあんなぁ」なんて思った
それ以外にもPSPのアイマスのパッケージがいくつか転がっていたり、東方のCDが積み重なったりしていた
高校時代からずっと、「漫研」に憧憬のあった俺は、胸が高ぶって仕方なかった
これこれ!これだよ!
俺は大学に来て、こういうのを求めてたんだよ!
と、興奮を抑えきれなかった
先輩「そう? ははは……」
俺の熱量がうざかったのか、先輩のテンションは低く若干引き気味だった
先輩はそんな俺をよそに、戸棚の書類の山を漁っていた
先輩「あれー、入部書類どこなんだろうなぁ」
しばらく待っていたものの、先輩は入部書類の場所が分からないようで、ずっと戸棚と格闘していた
正直、来るタイミングミスったかなぁって思った
こんなよく分からない先輩しかいないし、段取り悪いし同級生もいないし、話は弾まないし、
ぶっちゃけつまんねえなぁーって思った。
部室の雰囲気だけは良いけど、ここにいても青春なんてあるのか?
って思い始めて、帰ろうかとした時だった。
そして驚いたことに、これがバチクソに可愛かった
ショートカットなんて攻めた髪型は可愛い子にしか似合わないから、当然かもしれないが。
そして入ってくるなり、「ノリベ先輩いたんですか?」と黒縁メガネの先輩に声をかけた
この可愛い子も漫研なのか!?と。
さすが大学!!
高校とは規模が違うぜ!と本気で思った。
こんなオタク趣味の軍団に、こうも可愛い子がいるなんて!
とマジで頭の中で実況してしまったw
「笹子さん!よかったよ~」と安堵したように言った
ちなみに、出てくる人の名前はニュアンス残しつつ全部変えることにする
ノリべさんも笹子さんも割りかしテキトー。
笹子「ノリべ先輩、何してるんですか?」
ノリべ「いや~、入部希望の一年生が来ちゃって、書類の場所がわかんなくてさ」
笹子「あ、この子ですか?」
そう言うと、笹子さんは俺の方を見て「こんにちは」と笑いかけてきた
「うっす……っすぅー……」とか言ってたわ
笹子「ノリべさん、もう3年なのに情けないっすよw」
ノリべ「笹子さんごめん、俺このあとバイトだから任せていいかな?」
笹子「わっかりました~」
そう言うと、ノリべさんは「よろしく!」とか言って部室から走り去っていった
この時は「なんだアイツ」とか思ってたけど、
まあ笹子さんもノリべさんも普通にいい人なんだけどなw
そう促されて、俺は部室の一番奥の誕生日席に座った
その間、笹子さんは戸棚から手際よく書類一式を持ち出して、
机に並べてくれた
笹子「この入部書類に情報を書いてもらって、それが文部会で承認されれば部員証が発行されるからね」
そのような説明を、イチから丁寧にしてくれた。
入部書類に書き込んでいる途中、覗き込まれて名前を確認された。
笹子「1くんって言うんだね。法学部なんだ」
笹子「どうして漫研に来たの?」
俺「ええと……」
笹子「アニメとか、やっぱり好き?」
俺「………」
俺が質問に狼狽えていると、それに気づいたのか笹子さんが二の句を継いだ。
笹子「ああ、ごめんね。私は笹子。文学部の二年だよ」
俺「あ、よろしくお願いします……」
自己紹介をされたことで少しだけ緊張が解けて、
俺もやっとこさ、マトモに会話ができるようになった
笹子「ありがとう!」
入部書類を書き終えて手渡すと、
笹子さんは満足そうに「問題なさそうだね」と笑ってくれた
そしてすぐに、
「あ、そうだ」と、思い出したようにもう1枚別の紙を俺の前に差し出した。
「新入生一斉アンケート!」と書かれた調査票のようなものだった
・好きなアニメは?
・好きな漫画は?
・好きなラノベは?
といったオタク垂涎の設問が列挙されており、
最後には、「あなたの嫁(旦那)を描いてね!」という文と共にスペースが設けられていた
なるほど、オタク嗜好調査というワケだ。
俺「これ、書いていいんですか?」
笹子「本当は来週のオリエンテーションで、新入生に一斉に書いてもらうものなんだけど、
1くんは今日せっかく来たから、書いていったらどうかなって」
俺「…なるほどです」
こんなアンケートを見せられて、オタクとしてドキドキしないワケがない。
俺は「書いていきます!」と高らかに宣言して、
もうスピードでペンを走らせたw
中学俺、高校俺、当時の俺が並んで、
「一番好きなアニメはなんだ…?」とか会議を始めたw
そして散々考え抜いた挙げ句、設問を一つ一つ埋めていく。
とりあえず、好きな漫画はヒカルの碁、
好きなアニメはとらドラ…という風に。
まあ正直曖昧ではあるけれど、
好きなアニメの欄に「とらドラ!」と書いたことは確かで、
最後の「嫁」の欄にも、頑張って大河のイラストを描いた。
俺はバリバリの漫画家志望者だったんだよね
だからこの時、アンケートに大河の絵を描いたのも、
自分の画力を「見せつけたい」という気持ちがあったし、
可愛い可愛い笹子さんに認められたい、という気持ちが強かったんだ。
当然自分の絵は褒められると思っていたし、
手に負えないプライドのようなものが自分の中にどっさりとあった
結果として、この時笹子さんの目の前で大河の絵を描いたのは良かったんだけど、
この「漫画家志望」っていうプライドのせいで、このあと散々揉めることになる
俺の思ったとおりのリアクションが返ってきた
笹子「え、1くんめっちゃ絵上手だね!」
正直、「まあそう言われるだろうな」とか不遜な事を考えていたんだけど、
嬉しいものは嬉しいので、「ありがとうございます!」と返事をしておいた
俺「えー? そうっすか? まあ普通っすけどねw」
俺、平静を装いながらも心の中では死ぬほどガッツポーズをしていたw
絵に関しては誰にも負けたくなかったから、褒められてシンプルに嬉しかったんだけどね
笹子「っていうかさ、1くんとらドラ好きなんだね」
俺「あ、はい。アニメしか見てないんですけど、大好きです」
笹子「私もとらドラ大好きなんだよ! 趣味の合う人が入ってきてくれて、すごく嬉しいよ!」
そう言って、笹子さんは俺の目の前でにへら、と無邪気に笑ってみせた
って思ったね、正直。 いや、それは思うだろ?
大学入って早々、念願の漫研でとびきり可愛い子と知り合って、
なんと趣味嗜好まで共通だなんて、最高すぎるだろ?
正直漫研に夢を見ていた部分はあったんだけど、
こんなにも煌めいているとは思わなくて、なんだか状況を信じきれなかった
だから俺は聞いたんだよ、笹子さんに。
本当に、単純明快な疑問をさ
笹子「いいよ。なに?」
笹子さんは不思議そうに小首を傾げて、俺を見ていた。
俺「あのー…、笹子さんはなんで漫研にいるんですか?」
俺「失礼かもしれないですが、全然そんな感じじゃないっすよね」
笹子「あー、そういうこと…」
俺「いや、すいません。変な事言ってるのはわかります。でもぶっちゃけ意味が分かんないというか…」
後になって考えれば、相当に失礼な質問だったと思う。
でも、笹子さんと実際に相対してみれば誰だって不審に思うよ。
それくらい、信じられなかった。
この人は本当にオタクなのか? 安心してすべてさらけ出していいのか?
っていう、まあ陰キャ特有の警戒心もあったり、でさ。
そしたらさ、笹子さん突然「あはははは!」って声出して笑ったんだよ
俺「どうしたんですか…?」
笹子「いや、ごめんごめん。なんだかおかしくてさ、改まってそんな風に言われると」
俺「す、すいません……」
笹子「いや、いいんだよ。じゃあ逆に訊くけどさ、どうして1くんは漫研に来てくれたの?」
笹子「1くんにもきっと、理由があるよね?」
理由とか、そんな事言われてもなぁ……と思った
けれど、そんなのは至ってシンプルなものだった
俺「まあ、漫画とかアニメが好きだから、ですよね」
笹子「でしょ? 私も漫画とかアニメが好きだから、大好きだから、ここにいるんだよ」
そう言われて、すぐには何も返事ができなかった
究極にシンプルで、分かりやすい理由。
でもそれは至極当然のことで、笹子さんが可愛いからって、
なにか特別な事情があるワケじゃないんだ。
俺「はい、大好きです」
笹子「私も同じように、大好き。みのりんなんて何回模写したか分からないし、電撃の原作も読んだ」
俺「ま、まじっすか」
笹子さんは楽しくなったのか、にこにこして部室内を見渡しながら話を続けた
笹子「アニメも漫画もゲームも、全部好きだよ。だから私はここが好きで、ここにいる」
俺「マジなんですね…」
笹子「あはは。君もマジだろ? 楽しいぞ、ここは~」
目の前で楽しそうに笑う笹子さんを見て、これまで自分が持っていた価値観が、
まるまる全部ぶっ壊されたような気がした
それほどまでに、笹子さんとの出会いは衝撃だった。
アニメや漫画が好きでも、二次元のキャラを愛していても、アイドルを追っかけていようとも、
それに対して、さほど好奇の眼差しを向けられることは減ったように思う
でも、この時は違った
「オタク」の認知は広まり出していたものの、
オタク文化はまだまだ勃興したばかり、世間のそれに対する目は冷ややかだった
俺はそれが原因で、高校時代はイジメに近い行為を受けていた
「女の子の絵を描いている」「漫画家を目指している」
それだけで「キモいオタク」のレッテルを貼られ、罵られていた
正直、めっちゃ辛い日々だったし、それからは自分の嗜好をひた隠しにして生きてきた
だから、「オタク」に対しての偏見を、自分が誰よりも持っていた
好きなものは好きだとハッキリ言って、それになんの疑いも持っていない
きっと、笹子さんの中には「オタク」とか「非オタ」みたいな括りすらなくて、
ただただ自分の好きなものを愛する、という事だけがあるんだろう
だから俺は心に決めた。
この漫研に入って、俺の大学4年間を捧げる!と。
そして笹子さんとも仲良くなって付き合いたい!とw
笹子「あはは、それならよかった。来週のオリエンテーションで、もっともっと仲間も増えると思うよ」
同好の士。
それは、俺が高校時代ずっと追い求めていたけれど、結局見つからなかった夢の存在。
一緒に好きなものを語って、一緒に切磋琢磨して絵を描くような、最高の仲間。
もうすぐ、それが、見つかるかもしれない。
ああ、大学。ああ、漫画研究会。
なんて最高なところなんだ、と心から思った。
この時は。
笹子「そっかぁ。でも、1くんくらい上手い人ってなると、難しいかもね」
そう言われて悪い気はしなかったが、それは困るな、とも思った。
俺「でもほら、先輩とかにも達者な方はいますよね? 色々教わりたいです!」
笹子「そうだね、いるといいね」
俺「俺はまだまだ、もっともっと上手くなりたいんで!」
すると、笹子さんは幾分か色のなくなった声で訊いてきた。
笹子「1くんはさ…プロの作家でも目指してるの?」
この手の質問を俺は待っていた
だから、大見栄を切って言い放った
俺「はい、漫画家になりたいです。本気で目指してます」
すると、おかしなことに…
さっきまでの熱意や煌めきを持った笹子さんの瞳が、曇った気がした
気のせいじゃない。
笹子「へえ、そうなんだ――」
そして会話が途切れた
俺はそのあまりに不自然な空気に、自分が言ったことを何度も反芻したが、
何がいけなかったのかサッパリ分からなかった。
また、今夜あたりゆるーく書きます
もし見てくれている人がいたら、ありがとう
まったり見守ってくれると助かる
びっぷらはあったかくていいな
そいじゃまったり再開するわ
俺「すいません。俺、なんか変な事言っちゃいましたか…?」
笹子「いや、そういうワケじゃないんだけど……」
そう話す笹子さんの表情は暗かった
明らかに何か裏がある。バカな俺にもすぐに分かった。
でもきっと、笹子さんは他人の夢を笑ったりするような人ではない
じゃあどうして?
なぜ俺が夢を語っただけで、こうも悲しそうな顔をするんだろうか?
俺「俺は本当に漫画家になりたいんです。…変ですか?」
笹子「ううん、そんな事ないよ」
笹子「そんな事はない。けど……」
笹子さんがそう言いかけた時だった
部室の扉が勢いよく開いた
この男もまた笹子さん同様、一見「オタク」には見えなかった
男「おーっす。笹子がこの時間にいるなんて珍しいじゃん」
笹子「あ、うん…。おはよ」
男はあくびをしながら椅子にどかっと座ると、俺を見るなり眉間に皺を寄せた。
男「って、は? お前だれ?」
俺「え、ええと……」
男「なんでその席に座ってんだ?」
俺「せ、席ですか?」
男「そこに誰が座っていいって言ったんだよ?」
なぜだか知らないが俺の事が気に入らないらしく、
喧嘩腰で突っかかってきた。
笹子「横森、ちがうんだよ!」
横森「ああ? なにが……」
笹子「彼をその席に誘導したのは私だから」
横森「お前が…なんだよ、じゃあいいわ」
すると、横森さんは「はあー」と大きくため息をついて俺の方を見た
横森「いきなり突っかかって悪かったよ、ごめんな」
俺「い、いえ……」
横森さんは俺を指差しながら、笹子さんに訊ねた
笹子「入部希望の一年生の、1くんだよ。今日は見学に来てくれた」
俺「よ、よろしくお願いします…」
横森さんは、俺の顔をじろじろ眺めたあとに、
「俺は二年の横森、よろしく」とだけ言った。
俺「あ、はい……」
横森「どんな趣味してんの? 見せてくれよ!」
そう言って、笹子さんの前に置かれていたアンケート用紙を取り上げた。
横森「お、とらドラとか好きな感じ? 熱いよな~!分かってんじゃん」
横森さんは、「俺と趣味が合う」と分かった瞬間から急に明るくなった気がした。
横森「今だったらバカテスとかも熱いぞ! とらドラ好きならいけるって」
横森「え、ってかなに? この絵は1くんが描いたん?」
そう言って、俺が描いた大河の絵を指差していた
けいおん!とかバカテスとか、もはや懐かしいもんなぁ
当時は最先端だったのに
横森「マジで! めっちゃ上手いじゃん、1くん、絵描ける人なんだな~」
俺「…! ありがとうございます!」
最初、かなり突っかかってきた横森さんが、
俺の絵を見るなり褒めてきたので、やっぱり俺は嬉しかった
そして、内心こう思った
「やっぱり、どんなヤツでも俺の絵を見たら褒めてくれる。
俺の絵は上手いし、同年代なら敵なしだわ」と。
率直に言って、おごりの塊だった。
この漫研内で、天下が取れると思っていた
横森さんが笹子さんにそう言うと、
笹子さんは「うん」と頷くだけだった
横森さんは、そんな笹子さんを不審そうに一瞥したあと、
再び俺の方を見て、話を続けた。
横森「いやー、俺は絵とか全然描けないからさ、マジですげえと思うわ!」
俺「いやー全然w そんなことないっすよww」
褒められて、懲りずに調子に乗る俺。
そしてまた、不用意な質問をしてしまう。
こう横森さんに訊ねると、一瞬場が固まった気がした。
ひやりと、冷たい空気が一瞬流れたような、そんな感じ。
横森「あー……」
横森さんは、返答に困っているようだった
俺も決して悪気があったわけではないが。
この質問こそが、今後俺が漫研内で様々な「問題」を起こしていく萌芽であった…
分かる人には分かると思うけど、
「俺は絵を描けるんだぞ」という選民意識は、不幸しか生まないんだ
特に、色んな人が在籍している、大学漫研なんて場においては。
漫研って言っても、みんながみんな絵が描けるワケじゃない」
俺「え、そうなんすか? じゃあ何するんですか? 部室で駄弁るだけっすか?」
不遜な物言い。生意気な態度。
横森さんも、本当によくこらえてくれたわ。
横森「まあ~…それもある。
けど、たとえば俺なんかは渉外担当って言って、他大学のやりとりとか、
学祭の時に企業さんと連絡取ったりとかしてるよ」
俺「へえ……そうなんですね」
「なんで絵を描けないくせに漫研にいるんだ?」と。
俺の中の漫研のイメージは、巧拙の差こそあれど、
みんな絵が描けて、毎日切磋琢磨していて、
中にはプロレベルに上手い人までいる…
そんな空間を想像していたし、期待していた。
もちろん、今はそんな事ないって理解してるよ
でもこの時の俺はそんな漫研を期待していたし、
「そうあるべきだ」と傲慢にも信じ切っていた。
毎年一年にはこういうヤツいるもんだけど、
特に俺は厄介なヤツだったと思うわ
どっちかと言えば創作は評論とかが多い連中が行くのが漫研かと思ってた
その通り
当然描かないヤツもいる
なんなら描かないヤツの方が多いね
横森「いやぁ、そんなこたないぜ。趣味の合う人と話したりするのは楽しいし、
何より俺たちみたいなやつらの居場所になるからな」
俺「まあ、そんなもんですかね」
横森「そんなもんだよ。1くんだって趣味の合う仲間を見つけにきたんだろ?」
正直言って、この時の俺が求めていたものは違った。
はっきりと、違った。
なので、すっぱり言い切ってしまった
俺「いや……違いますけど」
横森「へえ――…」
横森さんは、少々呆れ気味だった。
笹子さんはと言えば、何も言わずにずっと俯いたままだった
横森「1くんのその情熱はすごいと思うわ。でもなんでそんなにこだわってんだ?
プロにでもなんの?」
俺「はい、なります」
すると、横森さんの表情がにわかに険しくなった。
横森「はは、そりゃまた…イラストレーターにでも?」
俺「いえ? 漫画家ですよ、プロの」
横森「漫画家? 冗談だろ? 企業イラストレーターならともかく」
俺「なんすか? 本気ですよ、本気で目指してます」
俺がそう言い返すと、横森さんは分かりやすく大きなため息をついた
横森「ま、まあ目指すのは自由だからいいけどさ。
でも、あんまり漫研内で大手を振って言わない方がいいよ」
俺は、この時の横森さんの態度が許せなかった。
まるでガキの戯言をあやすような言い方、
そして、お前に漫画家なんて無理だと言わんばかりの苦笑い。
バカにされていると思ったんだ。
横森「いや、そういうワケじゃないけどさ。ここって別に芸大でもないし、
漫画家なんて実際さ……難しいだろ?」
俺「そんな事わかってますよ。でも、俺は思うんですよ」
横森「……なにが?」
言う直前、笹子さんと目が合った気がした。
俺「相応の努力をすれば、絶対になれるんです。
なれないヤツは…努力が足りないんすよ。甘いんです」
横森さんに思い切り胸ぐらを掴まれた。
服が引き千切れるほどの勢いだった。
テーブル周りの椅子も、いくつか派手に転がった。
横森「おい」
俺「な、なんですか!?」
そしてすぐに、笹子さんが止めに来た。
笹子「ちょっと、横森! やめなよ!」
俺「そうですよ……何かおかしいですか?」
横森「お前なんかに何がわかるんだ? 次同じ事言ったらタダじゃおかねえからな!」
そう吐き捨てると、横森さんは投げ捨てるように俺の胸ぐらから手を放した。
横森「気分わりーから、俺はもう帰る。おい、笹子、最後になったら鍵頼むぞ」
笹子「う、うん……」
そして、「ちっ」と舌打ちをして、横森さんは不機嫌そうに部室から去って行った
支援
そうだねww
だから「痛すぎる」大学3年間なのよ
嵐のような一瞬が過ぎ去り、何を話すべきか分からなかった
笹子「なんかごめんね。横森が……」
俺「いえ、いいんです。いいんですけど、なんであんなに怒るんでしょうか?」
笹子「そうだね…ちょっとひどかったと思う」
俺「俺は、本当に漫画家になりたいから思ったことを言っただけです。
本当になろうとして頑張れば、絶対になれると思います」
笹子「うーーん…」
笹子さんは気まずそうにするだけで、特に何も言おうとはしない。
俺「え、俺変な事言いましたか? それなら謝りますけど、分からないんです」
俺「そう…ですよね」
横森さんが怒って去ってしまったことで、
なんだか俺も急に不安になり、笹子さんに「大丈夫」と言ってほしかった
すると、笹子さんは不意に立ち上がった。
笹子「しばらく誰も来ないだろうし、私は一度帰るよ。
悪いけど、鍵閉めないといけないから、1くんはどうする?」
俺「あ、そうっすね…どうしましょう…」
笹子「授業もないなら、駅まで一緒に行こうか?」
俺「は、はい!」
大学に来て早々、可愛い異性と帰途を共にしていることは、
率直に言って俺を大きく舞い上がらせたw
高校の時なんて、ただの一度も女の子と一緒に帰った事はなかった
なので気安く歩いているように見せて、内心は緊張でガチガチだったw
大学近くの国道に差し掛かったところで、笹子さんは口を開いた。
笹子「あのさ、1くん」
俺「…はい?」
俺「まあ、はい……俺も俺で、ちょっと調子乗ってたかもしれないですわ、そこは反省します」
笹子「そっか、ありがとう」
笹子さんはそう言うと、にこっと小さく笑みを浮かべた。
それがなんだか、すげえ可愛いと思った。
二人きりで帰ってるっていうシチュエーションもあったから、尚更だよな。
俺「でも、横森さんはどうしてあんなに怒ったんすかね? もしかして横森さんも漫画家を目指してたとか…?」
笹子「いや、それはないないw アイツの絵、本当にひどいんだからw」
俺は心の中で、
「今後漫研の中でどんな事があっても、この人だけには嫌われたくないな」
と、強く思った。
恋だったかもしれないし、憧れだったかもしれないし、今でもよくわからん
とにかく、笹子さんにだけは悪く思われたくなかった。
俺は恐る恐る、笹子さんに訊ねた。
もう変に期待をせず、先に事実を知っておくことで、
ある種の「見切り」をつけようと思ったんだ。
笹子「そうだねえ…正直、半分いればいい方かも。
それに、みんながみんな、1くんみたいに”本気”で描いてるわけじゃないから…」
俺は小さな失望とともに、実際はそんなもんか…とも思えた。
横森さんにガチギレされたのも効いていて、ちょっと冷静にもなっていた。
大学の漫研ライフを楽しみにしていた俺には、その現実は辛かった。
理想と現実のギャップ。
若さゆえに、周りの環境、周りの人間に、自分の思う理想を押し付けていたんだ。
俺のテンションが落ちたのを察したのか、笹子さんは続けた。
笹子「でも、上手い人もたくさんいるしさ。きっと1くんも楽しめるよ」
笹子さんはシンプルに、こんな俺にも部活を楽しんでほしいと思ってくれているようだった。
突然現れた生意気な一年にも嫌な顔一つせず気を遣ってくれるのは、
本当に笹子さんが優しかったんだ。
笹子「ん、なに?」
俺「笹子さんは絵を描くんですか?」
すると、笹子さんはちらりと俺を一瞥し、にやりといたずらに笑った。
笹子「描くよ、そりゃあ。私は、お絵描き大好きだからね」
俺「マジっすか!!」
俺、ここに来て俄然テンション爆上がり。
笹子さんが絵を描いているという事実が、何よりも嬉しかった。
ほかの漫研内の”雑魚ども”と絵の話ができなくても、
笹子さんとさえ絵の話ができるなら、これ以上の事はない!
と、本気でそんな不遜な事を思った。
笹子「いいよぉ。見せられる絵あったかなぁ…」
そう言うと、笹子さんは嬉しそうに携帯をいじり始めた。
一体、どんな絵を見せてくれるのか…。
笹子「2次創作でもいいよね?」
俺「も、もちろん…!」
笹子「わかった。ほら」
そう言って差し出されたのは…
笹子「え? 私が描いた絵だよ。なんか恥ずかしいなぁw」
俺「マジっすか…」
めちゃくちゃに上手かった。
上手すぎて、ひいた。
プロが描いたとしか思えない、完璧なカラーイラストだった。
俺「これは、あれですね、CLANNADの…」
笹子「さすが、分かるんだ! そうだよ、CLANNADの渚ちゃんだよ。
すごく好きで、何度も見直したからねw」
俺「そ、そうですか…」
笹子「いやいや、全然そんな事ないって。好きで描いてるだけだし」
俺「いやぁ……」
いたわ。すっげえ上手い人。
しかも、こんな近くに。
やっぱり大学の漫研はすげえ…!
そんな気持ちが、すぐに俺の心を埋め尽くした。
俺「これはデジタルで描いたんす…?」
笹子「そうだよ、難しい事は分からないから、saiでぱぱっとね」
俺「やっぱりsaiなんですね…便利ですもんね…」
笹子「そうそう、すっごく使いやすいよねw」
今でも現役のツールだけど、当時は隆盛を極めてた。
まだクリスタもなかった頃だからね。
俺「こんなに上手かったら、pixivのランキングとかも…?」
笹子「そうだね、たまーにデイリーとか入ったりもするかな?」
俺「うおお…すげえ…!!」
分かる人には分かると思うんだけど、
当時の絵描きたちからすると、「pixivで伸びること」はとても重要なファクターで、
さらにランキングに載るっていうのは、本当になかなかできることじゃなかった。
俺の中にも、「いつかpixivのランキングに載る」っていうのは
現実的な目標としてあったので、興奮が止まらなかった。
もうプロレベルじゃないですか! マジですごいですよ!」
笹子「そんな事ないってばw あんまりおだてないでよ~」
俺は不思議でならなかった。
こんなに上手い人が、どうしてこんな普通の大学にいるのか。
俺「笹子さんは、やっぱりプロになるんですか? 絵の職業に就くんですよね?」
俺は当然そうするんだろうな、と思って訊ねた。
しかし、返ってきた答えは期待したものとは違った。
笹子「まさかぁ。趣味で描いてるだけだから、なれるワケないし、ならないよw」
俺「え…? そんなのもったないですよ…」
俺「そうですかね…」
そんな事を言っているうちに駅に到着し、会話は途切れてしまった。
笹子「1くん、横森のこともあったけどさ…来週のオリエンテーションには絶対に来なよ。
定例会にしか来ない上手い人もたくさんいるからさ」
俺「は、はい! 絶対に行きます…!」
そう答えると、笹子さんは笑って手を振り、改札の中へと消えていった。
オリエンテーション、絶対行くぞ。
そこにはきっと、上手い人がたくさんいるんだ。
それになにより。
笹子さんとの出会い。これは本当に運命に違いないと思った。
「よっしゃああああああ!!!」
と叫びながら、駅のタクシープールを全力疾走で突っ切ったww
そして思いっ切りジャンプして、「やってやるよ!」とか叫んでた。
この世界の主人公は間違いなく自分だと思い込んでいて、
とんでもないほどの全能感が俺を包んでいた。
なんにでもなれると思っていたし、なんだってできると思っていた。
ああ、懐かしき、痛すぎる日々……。
笹子さんや横森さんと出くわすこともなく、特に話の合う人にも出会わなかった
俺は笹子さんの言葉を信じ、オリエンテーションでの新たな出会いを期待していた。
そして何より、また笹子さんと色々話せることを楽しみにしていた。
初日から色々あったものの、
俺は漫研でのこれからが楽しみだったし、
オリエンテーションの日が待ち遠しかった。
俺は、会場である広々とした講義室の端で、一人待機していた。
まだ知り合いなんて笹子さんしかいなかったし、当然一人だった。
恐らく同じように新入生であろう人たちがたくさん来ており、
皆それぞれ楽しそうに話に花を咲かせていた。
俺はといえば、この日のために、
「右手の指すべてに絆創膏を巻く」という演出をし、
毎日絵を描きすぎて、ペンダコがヤバいガチ勢であることを周りに見せつけていた。
当然そこまで自分を追い込んでいるワケはないし、
ペンダコなんてできたことすらない。
ただ、自分は特別な存在なんだと、周りにアピールしたかった。
痛いヤツを通り越して、ヤバいヤツだった。
漫研に限らず大学のサークルには色んな価値観のやつがいる
それで世界の広がりを感じた若かりし頃よ
はよ
楽しそうに話す女子たち、遊戯王の対戦に励むやつ、
漫画本を読むやつ、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。
先輩たちは講義室の前方にいるようで、配布物の整理なんかをしているようだった。
ざっと見ただけで、全員で50~60人はいるように見えた。
笹子さんや横森さんがいるかはよく分からなかった。
特に知り合いも話す相手もいないので、
オリエンテーションが始まるまでは、普通にぼっち時間を過ごすことになった。
なんて淡い期待を抱いていたが…
これ見よがしに利き手の全指に絆創膏を巻き、
眉間に皺を寄せて周囲を威嚇しているような奴に人は寄ってこない。
…まあ、相応の報いである。
部長で3年の、オショウさんだった。
オショウ「みなさん、今日は来てくれてありがとうございます」
オショウさんは軽く挨拶をしたあと、
これから全部員の自己紹介アンケートをまとめて、一冊のコピー誌を作る事を発表した。
全部員に配られるんだそうだ。
新入生だけでなく、先輩たちもあのアンケートは書いていたらしい。
これは願ってもない展開だった。
俺の”画力”を部員全員に知らしめるチャンスだと思ったからだ。
その後、まだアンケートを記入していない人たちが15分ほどでアンケートを仕上げ、
全員分の自己紹介アンケートが回収された。
別室でのコピーと簡単な製本作業を、一年生がするらしい。
俺は、穂高という一年の男子と二人で、コピーを取る係を任命された。
穂高はとても無邪気で明るいヤツだった。
みんなの書いたアンケートをじっと見つめては、
「すげえな! みんなめっちゃ上手いよ!」と楽しそうに笑いながら作業をしていた。
俺「絵の上手い人に会いたくて」
穂高「へえー。1くんは絵を描くの?」
俺「描くよ。穂高くんは?」
穂高「まあ、ちょっとくらいなら…上手くはないけどねw」
こんな感じで、コピー作業をしながら淡々と会話を続けた。
ちなみに穂高は、こんな俺と唯一最後まで友達でいてくれた聖人だ。
シンプルに、毒気のない良い奴だった。
コピー作業が終わって講義室に戻ったあと、隣に座った。
穂高「コピー誌って、これから毎回一年が作るんだってさ。大変だよなぁ」
俺「そうなんだ、めんどいなぁ」
穂高「今日の自己紹介のコピー誌、めちゃくちゃ楽しみだよ。みんな上手いし」
俺「そんなに上手い人いたかぁ?」
穂高「みんな俺よりうめーんだよww」
なぜだか穂高とはすぐに仲良くなることができた…と思う。
俺「うーん、今日のコピー誌次第」
穂高「どういうこと?」
俺「コピー誌を見て、上手い人がいるかどうか見極める、この目で」
穂高「なんだそれww偉そうだなww」
穂高は俺の言ってる事をギャグか何かだと思っているようだった
俺は至って、大真面目だったんだけどね。
俺「まあ、そうだね。ずっと描いてる。漫画家になりたいからさ」
穂高「まじかよ! かっけえな~」
俺「まあ、普通だよw」
とまあ、穂高は基本的に否定をしないので俺は気持ちよくなっていた。
きっと、相性が良かったんだろうな
俺なんかとまともにやり取りできる、穂高のコミュ力が異常なだけかもしれないが。
何人かの一年が完成したコピー誌を配り始めた。
同時に、オショウさんが壇上で
「コピー誌が完成したんで配りますー!今月のテーマは毎年恒例の自己紹介です!」
とマイク越しにしゃべっていた。
俺はコピー誌を受け取った瞬間、目をさらにして中を確認した。
上手い人は、上手い人はいないか?
しかし、その中身は期待したものとはかけ離れていた。
「全員、ゴミ…!!」
俺は本気でそんな事を思っていた。
そもそも、常に自分が一番だと思い込んでいた不遜な人間なんだが、
それでもあまりにもお粗末な内容だった。
笹子さんが突出して上手いのは当然として、
それ以外に”見れる”絵を描いているのは部長のオショウさんと数人だけだった。
ほかの連中は、コメントにすら値しない。
何様?という感じだが、率直にそう思ってしまった。
あれはあれで凄いことだよな
それよりも穂高がイイヤツ
俺は席で頭を抱えた。
ひどい。ひどすぎる、と。
夢にまで見た大学の漫研に来て、この程度か?
素人の集まりもいいところだ。
漫画研究会って言うくらいだから、少しは絵心のある人間がいるんじゃないのか?
俺の(身勝手な)希望は、見事なまでに打ち砕かれた。
もうこんな部活、時間の無駄だし辞めよう。
でもそしたら俺の大学内での居場所は?
それに、笹子さんにだけは会いたいし、関係を持っていたい…
穂高「なんだ? 満足のいく内容じゃなかった?」
俺「まあ……ね」
穂高「それなら部長に頼んで、昔のコピー誌を見せてもらったら?」
俺「そんなものあるのかな…」
穂高「バックナンバーがあるって聞いたよ。見せてもらえば?」
ナイス穂高、さすが穂高、さすほだ。
もしかしたら、上手い人が今日偶然休みかもしれないし、
「上手い人ほど休みがち」というのは、結構ありそうだ。
一匹狼みたいな人多そうだし。
俺は一縷の望みを持って、壇上のオショウさんのもとへ向かった
俺を見つけるなり、にこりと微笑みかけてくれた。
笹子さん、今日来てるのか!
他の事なんてどうでもよくなるくらい、テンションが上がった。
笹子さんが来てるなら、この後あるらしい打ち上げに参加するのも良いかもしれない。
オリエンテーションが終わったら、即帰宅しようと思っていたが。
予定変更だな、なんて偉そうに思ったw
オショウ「お? どうしたの…?」
突然知らない一年坊が話しかけてきて、オショウさんは驚いたようだった。
俺「俺、一年の1です。コピー誌のバックナンバーってあるんですか?」
オショウ「ああ、昔のコピー誌ね。あるよ、見たいの?」
俺「はい、見たいです」
そうするとオショウさんは、「今どのくらいあるだろ…」と
近くの机に置いてあったファイルを漁り始めた。
そう言って、すこしよれたコピー誌を俺に手渡した。
オショウ「ちょうど去年の自己紹介のやつと、去年の夏のやつだね」
俺「おお…。見てもいいっすか…?」
オショウ「どうぞどうぞw」
今度は、大した期待もせずに眺めてみた。
どうせ、ダメなはず…すると。
自己紹介に加えて、4Pの漫画を描いている。
名前には、「3年 カリヤ」とだけ書かれていた
その漫画が、どう見ても商業連載をそのまま引っ張ってきたかのような、
そんなクオリティにしか見えなかった
俺は、額にいや~な脂汗が滲んでくるのを感じながら、
すぐにもう一方のバックナンバーも開いてみた
今度は16Pくらいのラブコメ漫画であった。
まず、月イチの単なるコピー誌に16Pの漫画を載せるのが異常だ。
今のTwitterだったらきっと数万RTされるような、
それほどに歯切れがよく、キャラが可愛く、秀逸なラブコメ漫画であった。
そのへんで連載していても、何もおかしくない。
俺は目を疑った。
笹子さんでさえ、雲上人の上手さだと思ったのに。
いるじゃん、笹子さんよりも、とんでもない化け物。
三年の、カリヤ…
この時三年なら、今の四年生なのでは?
しかし、今日配られたコピー誌には、その名前がなかった。
俺は思い切ってオショウさんに訊ねる。
オショウ「ああ、雁屋ね。すごく上手いでしょ?」
俺「はい、上手いっす…。今日は来てないんですか?」
オショウ「雁屋は…もういないんだよ」
俺「え、いない? 辞めちゃったんですか?」
オショウ「まあ……そんなとこだねぇ」
俺「どうしてですか?」
俺がそう訊ねると、
オショウさんはなんだか悲しそうに「色々あったみたい」とだけ言った。
なるほど、上手い人はこの漫研の現状に失望して、辞めていくんだ。
だから、部長たるオショウさんは不満そうなんだ。
きっとそうなんだ、と決めつけていた。
勝手に、なんの事情も知らずにね。
やっぱりこの漫研はクソだな、と一人で思った。
最低な痛い奴なので、やってしまう。
俺「わかりますよ、上手い人は辞めてくんすね?」
そう言った時だった、一瞬だけ、オショウさんが俺を睨んだ気がした。
ずっと温和な雰囲気をまとっていたオショウさんの様子が急変したので、俺はビビった。
そして思わず、「いや…なんでもないす」と前言撤回。
雑魚中の雑魚だった。
オショウ「君、あれだろ? かなり上手いっていう一年生の。なんとなく噂を聞いたよ」
俺「ああ、まあ、そうなんすかね…?」
笹子さんなのか、横森さんなのか、はたまた他の人間なのか
俺の事をすでに噂している人間がいたらしい。
まあ、良くも悪くもすでに目立ちすぎていた。
とはいえ、”かなり上手い一年”と評されるのは、
当時の俺にとっては、かなり心地のいいものだった。
俺「まあ、そうっすね…」
オショウ「今日、この後の打ち上げは来るの? まあ、自由参加だけどね」
俺「行けたら行きます」
なんだか、上手いことかわされてしまった。
正直、部長のオショウさんにとって、俺なんか取るに足らない存在だったんだろう。
天狗の不遜野郎な当時の俺には、そんな事分からなかったが。
振り返ると、そこにはいたずらな笑みを浮かべた笹子さん。
話しかけられて、めちゃくちゃ嬉しかった。
笹子「1くん、オショウと何話してたの?」
俺「いや、まあ…大した事じゃないです」
笹子「そっかぁ。1くんはこの後の打ち上げ、来る?」
俺「そ、そうですね…行こうかと…」
笹子さんは手を振って「またあとでね」と嬉しそうに笑ってくれた。
やっぱり、笹子さんは可愛い。
可愛いうえに、ガチで絵が上手い。
絵が上手いうえに、ガチで可愛い。
この漫研には、本気で笹子さんのためだけに残留しよう、と思った。
最近のアニメやら東方の話なんかをした。
そしてオショウさんから今後の活動の説明があって、オリエンテーションは終わった。
今後は、基本月イチで部会があって、
そこで毎月のお題に沿ったコピー誌を一冊作り、
あとは部員同士で駄弁って、打ち上げをして…というのが毎月行われるらしい。
きわめて一般的な漫研だったと思う。
なんならよくやってる部類で、理想の漫研とも言えたかもしれない。
そんな事、当時の俺には絶対分からないだろうが。
楽しい仲間がいて、ちゃんと活動もしているっていうのは、
本当に尊いことだった…。
そしてその後、大学近くの居酒屋へと場所を移し、
「打ち上げ」という名の親睦会が始まった。
初回の親睦会という事もあって、多くの部員が参加しているようだった。
俺は笹子さんを目で追ったが、どうにも遠くの席になってしまったらしい。
席替えでもない限りは、しばらく話せそうになかった。
目の前には、初対面の一年生の女子である戸倉と、
不運にもその隣には横森さんの姿があった。
さすがに気まずく、席についてからしばらくは何も言えなかった。
その間、横森さんは他の人と楽しげに話していた。
さっそく、戸倉が俺に話しかけてきた。
戸倉「きみ、名前なんて言うん?」
俺「1、です……」
戸倉「へえ。ねえねえ、どんな作品が好きなん?」
俺「アニメも、漫画も好きだけど…」
戸倉は関西出身で勢いがあり、割と姫気質なところがあった。
ゆえに、俺はめちゃくちゃ苦手だった。
横森「1は、とらドラが好きなんだろ? なあ」
俺「え? ああ、はい……」
戸倉「え、そうなんや! あれ面白かったよね~」
横森「戸倉さんは何が好きなの?」
戸倉「ウチはポケモンとかかなりガチです~。あとはハルヒとかヘタリアとか!」
横森「へえ…っぽいわ~!」
戸倉「なんですかそれぇw」
横森さんはこの前の事なんてなかったかのように、自然と会話に混ざってきた。
そしてそのコミュ力を余すところなく発揮した。
横森「俺は小説も漫画もアニメも、なんでも来いよ。あと、スポーツも好き」
戸倉「え、スポーツとかするんですか?」
横森「俺、フットサルサークルと掛け持ってるからね」
戸倉「えぇ~すごーい!」
クソどうでもいい会話が、目の前で展開されていく。
横森さんは、フットサルサークルと漫研を兼部するという、リア充かぶれだった。
目の前の二人がただのリア充過ぎる。
まあ正直、戸倉がいたから直接横森さんと話さずに済んでよかった。
これなら、揉める事はなさそうだな…と安心した。
…この時までは。
戸倉が”とある話題”を出したせいで、状況は一変する。
横森「いや、俺は全然ダメ! まったく画才がないのよ」
嫌な予感がした。
絵が描けるアピールは死ぬほどしたかったが…
流石の俺も、先日キレられた横森さんの前でアピールするのは憚られた。
しかし…
戸倉「1くんは、描く人なん?」
俺「ま、まあ…絵は描くよ」
そう言って戸倉は、俺の前に携帯を差し出して自らの絵を披露した。
戸倉「どう? めっちゃ上手いやろ?」
俺「うーーん…」
戸倉「絶対に1くんより上手いでw」
今思えば。
軽いノリだったんだろう。飲み会の場で、ちょっとふざけたんだろう。
でも、当時の俺はバカだったから…
それが、断じて許せなかった。
戸倉「え?」
俺「クソ下手だっつってんの」
俺は、同級生の女の子に向かって、そんな事を言っていたんだ。
俺「俺の絵見たことあんのかよ」
戸倉「な、ないけど…」
俺「こんな絵ゴミだわ。比べ物にもなんねえよ」
戸倉「えーーと…」
そして、戸倉は何も言わず涙目になった。
横森「おい、1! お前何言ってんだ? ああ!?」
ものすごい形相で怒鳴りつけられた。
そして、周囲の視線が一気に俺と横森さんに集まる。
俺「は? 思った事を言っただけですが? 下手なもんは下手ですし」
横森「謝れよお前! 言っていい事と悪い事がある!」
俺「なんでですか? そもそも先に吹っかけてきたのはそっちです」
言い終わった時だった。横森さんが俺の胸ぐらに掴みかかった。
程度の差はあれどこういうのがオタサーの姫になるんだよなぁ
俺「それはこっちのセリフですよ。絵すら描かないクセにそっちこそ何様すか?」
横森「うるせえ黙ってろ!」
そして思いきり顔面をどつかれ、
後ろの障子のような敷居に思い切りぶつかった。
ハッキリ言って、相当に痛かった。
でも、それで俺も益々頭に来てしまった。
そして俺も横森さんの長ったるい髪の毛を思い切り掴んだ。
横森「クソガキが、テメエ何してくれてんだ、ああ!?」
そのまま揉み合いになり、大喧嘩に発展。
周りにいた数名の男子が止めに入るも、
俺と横森さんはお互い掴み合ったまま、決して放そうとしなかった。
俺「うるせえよ!俺は何も間違ってねえ! 指図すんなクソが!」
まったく収拾のつかなくなったところへ、オショウさんが登場。
オショウ「おい、一体なんの騒ぎなんだよ?」
すると、横森さんはおとなしくなり、「いや、すいません…」と一礼した。
オショウさんは、俺と横森さんの二人を怪訝な眼差しで見つめた。
横森「いや、ちょっとコイツが、戸倉さんににひどい事言ったんで…」
すかざす俺も、「いや、この人にいきなり殴られたんすよ、俺」
と反論した。
すると横森さんはまたヒートアップして、
「うるせえ! お前は黙ってろ!」と怒鳴った
オショウ「そこはお前も反省しろ、バカ野郎」
横森「……すいません」
オショウさんは横森さんにそう言うと、今度は俺の方を見た。
オショウ「1くん、戸倉さんに何て言ったの?」
気づけば、目の前の戸倉は隣の女子に抱かれながら号泣していた。
それはそれはひどい有様で、もはや嗚咽状態であった。
すると、オショウさんは悲しそうな目で戸倉さんを一瞥した。
オショウ「俺は、1くんに正直に言ってもらいたいだけなんだ」
目の前では戸倉が大泣きし、オショウさんはじっと俺を見つめるばかりだった。
俺「その…戸倉さんの絵を、ゴミだと」
オショウ「言ったの?」
俺「…はい」
「わかった、もういいよ」とだけつぶやいた。
オショウ「横森、戸倉さんのことお願いね」
横森「…は、はい」
オショウさんは、戸倉の隣にいた女子にも「ありがとね」とだけ言うと、
俺に向かって手招きし、「来な」とトーンの低い声で言った。
俺は促されるままオショウさんの後に付いて行き、
そのまま宴会場から離脱する事になった。
居酒屋入り口あたりの灰皿が置いてあるスペースの椅子に腰掛けた。
周りに漫研部員らの姿はなく、バカな俺でも
「二人きりで話すぞ」というオショウさんの意図が汲み取れた。
オショウさんは気だるげにタバコを吸いながら、話しかけてきた。
オショウ「1くんってさあ」
俺「…は、はい」
俺「イライラ…ですか?」
オショウ「自覚ないの? ずっとイライラしてるように見えるよ、傍からはね」
俺「そう…ですか。それはなんか…すいません」
オショウさんは少しだけ笑うと、ふっと煙を吐いた。
オショウ「別にいいんだけどさ、なんでそんな焦ってんだ?」
オショウ「…漫画家になりたいんだろ?」
なぜかオショウさんは、俺が漫画家志望だと知っていた。
俺「はい」
オショウ「本気なんだろ?」
俺「…本気です」
俺「どうも…」
オショウ「でもさ」
急に、オショウさんの顔つきが険しくなった。
オショウ「巻き込むなよな、周りを」
オショウ「多様性は認めるし、各々が自由に活動するのは大歓迎」
オショウ「でも、1くんの理想に周りが合わせる義理も意味もないんだ」
オショウさんは、吸っていたタバコを潰すと、俺の背中を叩いた。
オショウ「分かるだろ」
何も言い返せるはずなかった。
でも、俺は……
俺「何が言いたいんすか?」
オショウ「だからな、1くんは周りをもっと見て…」
俺「いや、ひどいことを言ったのは事実ですし、それは後で戸倉さんにも謝りますよ」
俺「でも…絵を描いていない連中が偉そうにしてるのは、漫研としてどうなんすか?」
俺は、漫研部長を詰問する絶好のチャンスだと思い込み、
まったく反省などせず、身勝手な質問をぶつけていた。
俺「でも、漫研にいるんだから、絵を描いたり創作活動する素振りくらいは見せるべきでしょう」
俺「部長は、まったく絵を描かない部員をどう思うんですか?」
すると、オショウさんはまた大きなため息を一つついた。
オショウ「…じゃあ、ただ漫画やアニメが好きで漫研にいる子たちは悪いっていうのか?」
俺「そういうワケじゃないですが…絵を描く努力くらいはしてもいいんじゃないですか?」
俺「…だとしたら、この部はクソですよ」
オショウ「クソでいいよ。クソでもみんなが楽しければいい」
俺もオショウさんも、お互いにまったく譲らなかった。
オショウさんの言っていることが全面的に正しいが、俺は自分が正しいと信じて疑わなかった。
俺「そんなんだから…本当に上手い人が辞めるんじゃないですか?」
オショウ「…なんのこと?」
俺「この漫研に愛想尽かして、今はプロにでもなってるんじゃないですか?」
すると、ぴたりとオショウさんの動きが止まって…
「そうだと、いいけどな」とだけ言い残し、立ち上がった。
オショウ「1くん、もういいよ。俺も熱くなりすぎた。飲み会に戻ろう」
俺「はい? 俺はまだ…」
オショウ「いいから」
オショウ「これから先、みんなと仲良くやってほしいだけだから」
オショウ「それだけは忘れないでくれよ」
オショウさんはそう言い残して、宴会場に消えていった。
結局、色々といなされて終わった気がした。
俺があまりに未熟すぎて、会話にすらならないと思ったのだろう。
加えて、雁屋さんの件に土足で足を踏み入れたのも、良くなかった。
横森さんを含めた周囲の人間と、それはそれは楽しげに盛り上がっていた。
そう、最初から俺さえいなければ、この親睦会も大盛り上がりだったんだ。
すべては俺のせい。
空気の読めない俺がなにもかもぶち壊しただけで、
最初からこの漫研は楽しくて良い部活だった。
宴会場に戻った後はずっと広間の端に座り込んで、一人で時間を潰した。
すっかり、同級生に暴言を吐いたヤバい奴認定をされたのだろう、
誰一人として話しかけてくる人はいなかった。
俺が間違っているんだろうか?
一緒に高みを目指して、共に絵を描き、切磋琢磨するような仲間はいなかったんだろうか?
遠くから、盛り上がる他の部員たちを眺めて、
そんな事をずっと頭の中でもやもやと、延々と考えていた。
戸倉にも謝ろうと考えていたけど「こんな部活今日で辞めるだろ」と思って何もできなかった。
俺は少女ファイトの大石練とか
アイシールド21の元水泳部のラインマンを思い出した
まあそれもあるな
ってか漫画の趣味が渋くて好き
最後、オショウさんが一本締めをする時なんか、
男子部員の連中が笑いを取ったりして、みんな大笑いしていた。
楽しげで、本当に良い部活だったと思う。
たった一人、俺だけを除いて。
俺はずっと隅で不機嫌そうに周りを睨みつけ、
最後まで誰かと絡むことも一切なく終わった。
大学でもまた、つまはじき者になるんだろうか?
そんな事をぼんやりと考えていた。
その後居酒屋の店先で全員解散したので、俺はそのまま下宿へと帰ろうと思った。
その時だった。
女子数人といた笹子さんが、俺を引き止めた。
一瞬にして鼓動が高鳴り、世界が色づくような錯覚に陥った。
俺「か、帰ります…」
笹子「ちょっと待っててね」
すると笹子さんは、近くにいた女子数人に
「ばいばい、また」と別れを告げた。
俺「どうしたんですか?」
笹子「いやぁ、親睦会で話そうって言ってたのに、全然話せなかったでしょ?」
俺「ああ…確かに、そうですね」
笹子さんは、「ふふ」と笑うと、「ね、話そうよ」と楽しげに言った。
笹子「駅までの道のりの間、どう?」
俺「いいですよ」
笹子さんの方から、わざわざ俺のもとへ来てくれた。
正直居酒屋から駅方面に向かうと遠回りだったけど、
そんな事はどうでも良かった。
結局俺は、笹子さん目当てでこの漫研に来ていたのだから。
俺にとっては願ってもない展開だった。
街路を行き交う人の数より、国道を通り過ぎる車の数の方が多いくらいだった。
笹子さんの歩く速度がゆっくりであったため、
次第に他の漫研部員の姿は周りからなくなっていた。
笹子「1くん、今日…楽しかった?」
隣を歩く笹子さんは、どこか不安そうな表情で訊ねてきた。
笹子「まあ…そうだよね。なんか大変だったみたいだしね…」
俺「あれに関しては、俺が悪いんです。…次に会った時には、謝ろうかと」
笹子「…そっか」
しばらく、無言。
気まずかった。
笹子さんも、俺が楽しめなくて悲しかったのか、何も喋ろうとしなかった。
俺「笹子さん、俺…漫研に入らない方がいいでしょうか」
笹子「どうして…?」
俺「考えが…合わないんです、部長と。あの人は、別にみんなが絵を描かなくてもいいと言った」
俺「でも、俺は決してそうは思いません。絵を描けない人も、練習くらいはすべきですよ」
笹子さんは「うーん」と少し考えてから、言った。
笹子「それはなんとも難しい問題なんだよな、本当に」
俺「なんですか?」
笹子「1くんは、楽器できる人?」
俺「いや、一切できないす」
笹子「たとえばそんな1くんが、いきなり音楽をやれーって言われたら、どう思う?」
俺「そんなの、無理に決まってます。素人ですよ?」
笹子「あはは。そうだよね、できっこないよ」
俺「それはずるいですよ…。だって漫研に音楽は無関係です」
笹子「音楽からインスピレーションを受けてる漫画だってあるよ」
俺「音楽漫画はまた別では…」
笹子「ジョジョとかも音楽にゆかりがあるよ」
俺「それもなんかズルいです」
笹子「そうかなぁ」
俺「そうですよ」
笹子さんは、そう言って苦笑いした。
笹子「でもね。絵を描いたことがない人たちが絵にチャレンジするって、それくらい大変なことだと思うよ」
笹子「私もそうだけど、絵を描く人はそこになかなか気づけないのかもなって」
俺「…それは、そうなのかもしれないですが…」
笹子「だからさぁ!」
笹子さんはそう言うと、くるりと俺の方を見た。
笹子「どうしたら絵に興味を持ってくれるか? そういう風に考えて動こうよ」
俺「でも、なんで俺がそこまで……」
笹子「そこだって!」
俺「な、なんですか」
笹子「世界を変えるには、まずは自分が変わろうよ!」
俺「はい…?」
笹子「1くんが漫研を変えたいと願うなら、まずは1くんが変わらなきゃ」
俺「そうですね…」
正直。
そんなものは綺麗事だろ、と思った。
でも、他ならぬ笹子さんの言うことだから、少しは聞いてみようと思った。
上辺だけでも同意しておけば、笹子さんにだけは嫌われずに済む。
天使のような笹子さんの優しさに甘えて、俺はまだそんな身勝手な思考をしていた。
本当に、つくづく最低なヤツなんだ、俺は。
俺「居場所、ですか…」
笹子「そう。それも、絶対に替えの効かない唯一の居場所」
笹子「色んな人の拠り所なんだよ。だから、1くんも…もうちょっとだけ関わり方を考えてほしいんだ」
俺「そっすね……」
笹子さんの言うことはもっともだと思った。
もっともだと思いつつも、俺だって譲れないんだ、とも思っていた。
だから、心の底から同意はできなかった。
俺「え…?」
笹子「私もね。入ったばかりの頃は、絵を描かない人に対してめっちゃ不満を持ってたから」
俺「そうなんですね…!」
笹子「そうだよ! なんでみんな描かないんだよー!ってねw」
これは意外だった。
部活を楽しむことが最優先で、聖人のように見える笹子さんにも、そんな時代があったなんて。
笹子「自分に改めて言い聞かせてる部分もあったんだよ」
俺「なるほど…」
すると、笹子さんは不意に寂しそうな顔になった。
笹子「私が一年生だった頃、一番尊敬してたセンパイにさ…まったく同じ事言われたんだ、私」
笹子「笑っちゃうでしょ。そのクセ、今1くんにこんな偉そうな事言ってさ…」
俺「尊敬してたセンパイに…同じ事を?」
笹子「うん。1くんは分からないだろうけど、3年の雁屋センパイっていう人にね」
笹子「え? どうして1くんが雁屋センパイの事知ってるの…?」
笹子さんは、とても驚いているようだった。
俺「コピー誌で見たんです。オリエンテーションの時に部長に見せてもらって…」
笹子「ああ、そういうことか。ビックリしたなぁ」
そう言うと、笹子さんは小声で「どうだった?」と訊いてきた。
俺「あの…めっちゃ上手かったし面白かったです。プロなんじゃないかと思うほど」
笹子「だよねぇ。ほんっとに上手いもんねぇw」
笹子さんはカリヤと面識があった?
そして、カリヤのことを…尊敬していた?
だとすれば、カリヤとは今も繋がりが?
俺「あの…カリヤはもう辞めたんですよね?」
笹子「……そうだね。うん、辞めちゃったね」
笹子「それは……わかんない。突然だったから」
俺「突然辞めたんですか…?」
そうすると、笹子さんは一度だけ深く頷いた。
笹子「そう、いきなりね…。だから私もびっくりした」
笹子「何してるんだろうね」
俺「笹子さんも知らないんですか?」
笹子「…知らないね」
俺「プロになってますよ、絶対」
俺がそう言うと、笹子さんは少しはにかんで、「だといいねぇ」と言った。
しかし、オショウさんも笹子さんも、みんなして一体なんなんだ。
去った人の事はそこまで追わない…といえばそれまでなんだろうか。
俺「カリヤに会ってみたかったですよ、俺…」
すると、笹子さんは俺の目をじっと見つめた。
不自然なくらい、数秒黙って見つめていた。
俺「な、なんですか…?」
笹子「いや、きっと1くんは雁屋センパイとなら気が合っただろうなって」
俺「……どんな人だったんですか?」
俺「へえ…」
笹子「さっきの話じゃないけど、絵を描く人にも描かない人にも本当に分け隔てなくてさ」
俺「あんなに上手いのに…ですか?」
俺なら間違いなく天狗になるし、絵を描かないヤツに冷たくなる。
笹子「そう。だからみんなに慕われてたよ」
俺「人格者…なんすね」
俺はなんだか胸の奥がモヤモヤとした。
笹子「人格者なんかじゃないよ。すごく変な人だったw」
笹子「でも、だからみんな雁屋センパイが好きだったのかもね」
笹子「漫研に来る人なんて、大概みんな外れ者なんだよ」
笹子「普通のサークルとか、学部とかでちょっと合わなくてさ」
笹子「雁屋センパイは、そんな人達に居場所を用意してくれてた…」
笹子さんは熱心にひと思いで喋り続けた。
俺「いや、大丈夫ですよ。すごい人だったんすね、カリヤは」
笹子「うん、そうだね…」
俺「でも、だとしたらなんで突然辞めちゃったんですかね?」
笹子「……なんでだろうね」
俺はずっと、カリヤはこの漫研の現状が嫌になって辞めたんだと思い込んでいた。
でも笹子さんの話を聞いていると…それは俺の大きな勘違いのようだった。
でもだとすれば…なぜ辞めたのか本当に分からない。
笹子「わざわざ駅まで付き合ってもらっちゃって、ごめんね」
俺「いえ、全然大丈夫です。こちらこそ、話してくれてありがとうございました」
そう言うと、笹子さんは笑って「楽しかったよ」と言ってくれた。
改めて、笹子さんはやっぱり可愛いなぁなんて思った。
笹子「なんだか上手く伝わったかわからないけど、1くんも漫研を辞めるなんて言わないでね」
俺「はい…」
笹子「ゆっくりと、変わっていけばいいと思うからさ」
そう言うと、笹子さんは少し固まった。
笹子「……あのさ。それなんだけどね」
俺「…はい?」
別れ際、出し抜けに笹子さんが話を切り出した。
笹子「1くんには無理だから、漫画家なんて辞めようよ」
俺「えーと…、どういう意味ですか…?」
それはあまりにも突然のことだった。
笹子「1くんにはなれないと思う。だから、漫画家目指すのは今すぐに辞めよう」
俺「はい? 何言ってるんですか? 辞めるわけないじゃないですか」
俺「俺は絶対に漫画家になるんです」
笹子「どうして? 漫画家なんてならなくたって…」
俺「急になんですか…? 漫画家になるのは俺の夢なんです。絶対に諦めませんよ」
すると、笹子さんはふうっと息を吐いたあと…
笹子「そんな漫画家なんて…なれっこないのにさぁ!」
笹子「何を根拠に言ってるの? どれだけ難しいか分かってる?」
笹子「漫研で楽しく過ごすだけでいいんじゃないの?」
笹子「それじゃだめなの…?」
俺「そ、それは……」
そう言うと笹子さんは「ごめんね」とだけ言い残し、走り去って行った。
そのまま振り返ることもなく、改札の中へと消えてしまった。
今日俺は、笹子さんといい感じになったんじゃないのか?
それが、この状況は一体なんなんだ。
というより…。
漫画家を目指すって、そんなにダメな事なのか?
俺なんかが目指しちゃいけないのか?
また週明け部室に行ったら、笹子さんに話を聞こう。
そう心に決めて、俺は極力無心で家路についた。
考えたら考えただけ、意味が分からなくなるだけだった…。
描けないし描く気もないのに漫研が唯一の居場所って意味わかんない
本気で見下してたら下手な物を見せられても本音を言わないから
1は人としてまだマシだと思う
だからといって女の子泣かしていいわけではないが
雁屋は部員っていうか俺の中でずっと
「プロの作家」くらい遠い存在だからずっと呼び捨て
鳥山明を「鳥山さん」とは言わないだろ?w
ワシの勝手な偏見だが
笹子さんと話すため、あの発言の真意を確かめるため…
どうして俺が、漫画家を諦めなければならないのか
俺にはそれがまったく分からなかった。
笹子さんが人の夢を否定するわけない。
そう信じ切っていた俺は、
きっと何かワケがあるんだろうと思っていた。
2限が終わったら、俺は部室に直行した。
それまでの僅かな経験則で、お昼付近には人が多いことを知っていた。
しかし…。
いたのは、数人の男子と部長のオショウさんのみだった。
俺はがっかりしつつ、部室の扉を開けてしまった以上、
すぐに帰るのも流石におかしいと思い、
「ちわーす…」と死んだような挨拶をした。
「おっすー」とまともに返事をしたのはオショウさんのみだった。
その湿った様子を見て、クズな俺は
笹子さんがいなければ本当に価値のない所だな、
キモオタに用はねえんだよ、と本気で考えていた。
部室に通い始めて一週間以上、
未だにまともに話せる相手がほとんどいない自分。
本当にヤバいのは自分だと、どうして気づけなかったのか…。
一番奥の誕生日席に座ろうとした。
すると、オショウさんに「そこじゃなくて…」と手前の席を勧められた。
初日にも、横森さんに一番奥の席に座っていたら怒られたし、
俺は妙な違和感を覚えた。
けどまあどうでも良かったので、そのまま会話を始めた。
オショウ「いやぁ、いいよ。俺もなんか熱くなって悪かった」
オショウ「1くんがこうやってまた部室に来てくれて、良かったよ」
俺「はあ、それはまあ……」
心の中で、ただ笹子さんに会いたいだけなんだよな、と思った。
オショウ「すぐになにか…なんて思ってないよ。ゆっくり馴染んでいけばいいよ」
俺「はい、あざっす……」
オショウさんも他の部員たちと話し始めてしまって、
俺はまた部室で一人、つまはじき状態に。
昼休みが終わって笹子さんが来なければ一度帰るか…
そんな事を思った時。
本棚の中に、不自然に2冊の少年マンガ誌があるのに気づいた。
号も飛び飛びの古いもので、たった2冊だけ。
俺は黙って座ってても意味ないし、と思って、
本棚にあったその少年誌を手にとってみた。
その2冊共に、巻中に分かりやすく付箋が立っていて、
「ここ!」という表記とともに、可愛らしいいちびキャラが描かれていた。
「ここって何がだ…?」と疑問を覚えつつ、そのページを開くと。
そこには見覚えのある絵柄。
まさしく、カリヤの漫画が載っていた。
この前オリエンテーションで見た絵柄と合致していた。
間違いない、これは…。
俺「あの、これって……」
手に持った雑誌を見せつつ、オショウさんに訊ねると、
オショウさんはすぐに察したようだった。
オショウ「ああ、それ見たんだね」
俺「これ……カリヤの漫画が載ってるんですか?」
オショウ「そうだよ。2冊とも読み切りが載ってる」
カリヤはすでに、2回も読み切りを載せていたのか!
すごい。すごすぎる。
そんな次元の違う人がこの漫研にいたのか…。
俺はマジでビビってしまって、しばらくその場に立ち尽くした。
その様子を見たオショウさんに、
「座ってゆっくり読めばいいじゃんw」と笑われるくらいに。
相変わらずのラブコメで、絵が上手いし、キャラだって可愛い。
同じ大学生が描いたと信じたくないくらいに…
読んでから、席でしばらく放心した。
俺に今、こんなものが描けるか…?
絶対に無理だ。
オショウ「雁屋の漫画はどうだった?」
俺「めっちゃ面白かったっす……」
俺「キャラがすっげえ可愛いです。マジで…」
分かりやすく言うと、カリヤの作風はジャンルは違えど
『あおい坂高校野球部』のそれに近かった。
キャラが生き生きしていて魅力的。
昔、オショウさんとカリヤの二人がめちゃくちゃに
『あおい坂高校野球部』にハマって、カリヤはその影響を色濃く受けたらしい。
後から聞いた話だけど。
オショウ「…まあ、そうだね」
俺「あの、部長。すみませんでした」
予期せずにカリヤの話になったので、
俺はオショウさんに謝ろうと思った。
オショウ「え、なにが?」
突然のことだったので、オショウさんも面食らったようだった。
俺「でも、笹子さんに話を聞いて、それは違ったんだって分かって」
俺「思い込みで変な事言って、すみませんでした」
俺は本当に身勝手な人間だったので、
普段イキリ散らかしてるくせに、悪いと思った事は謝らないと気が済まなかった。
オショウ「それならいいよ。1くんに悪気がないのも分かってるから」
俺「ありがとうございます…」
俺「あの、部長…それなんですが。その”色々”ってなんなんですか?」
俺「こんなに上手くて、なおかつ人望もあった人なんすよね?」
俺「そんな人が急に……辞めますか?」
オショウさんは不意に眉間に皺を寄せた。
オショウ「それは俺にも、わからないよ。急にいなくなったからさ」
俺「そうなんすか…」
そんな事って、あるのか?
俺「漫画制作がもっと忙しくなったんすかね?」
オショウ「…そうかもなぁ」
俺「たとえばほら、連載が決まって、その準備とか!」
オショウ「ははは、それはあるかもね」
だとしたら、カリヤはやっぱりすごい。
読み切りが2回載ってるなら、次は連載の可能性も十分にある。
俺「俺も、帰ったら死ぬ気で描きますよ! すぐに追いつきます」
カリヤの連載開始疑惑で火が付いた俺は、一気にやる気が湧いた。
漫画家になるため、自分もすぐに誌面に漫画を掲載するため、
死ぬ気でやってやろうと思った。
オショウ「…追いつくって、やっぱり漫画家になるってことかい?」
俺「部長、今更ですよ。そりゃそうじゃないですか。まずは俺も読み切り、」
俺「いや…、担当を付けるところからですね!」
俺「そうですね。持ち込みとかも行ったことないので」
オショウ「へえ……」
お前、あんなに漫画家って豪語しておいて、
まだ担当すらいないんかっていう意図だったんだろうね。
オショウ「1くんさぁ。どうして漫画家がいいの?」
俺「そりゃあ、絵を描くのが好きだからです」
オショウ「絵の仕事は他にもあるし、漫画一本に絞るのは、危ないっていうかさ」
俺「なんすか? 何が言いたいんすか?」
オショウ「漫画家は辞めた方がいいと思うよ、俺は」
俺は耳を疑った。
横森さん、笹子さんに続いて、オショウさんまで…!
それに、一度は夢を尊重すると言ってくれた人が。
まだまだ若かった俺は、自分の夢を否定される事がたまらなく辛かった。
本気で自分は夢を叶えられると信じていたし、
それを周りの人たちに応援されないことが、とにかく嫌だった。
俺「どうしてですか? 俺が漫画家を目指すのがそんなにいけないんですか?」
オショウ「いや、そうじゃない。でも、漫画家になれる人なんて本当に……」
俺「でも、カリヤはもう入り口に立ってる!」
身近に漫画家になろうとしている人間がいるのに、
自分だけ否定されるのが本当に納得いかなかった。
俺「なんで俺はダメなんですか?」
俺「そりゃカリヤに比べれば俺は下手ですよ! でも…!」
オショウ「1くん、違うんだよ」
俺「違うって、何が……」
オショウ「漫画家になることだけに固執しなくてもって、俺はそう言いたいだけで…」
俺「それはカリヤだって同じはずでしょう!」
数人の2年女子と一緒に、笹子さんが部室へと現れた。
恐らく、昼ごはんを食べに来たんだ。
笹子さん以外の女子は、俺を怪訝な目で見ていた。
笹子「何か賑やかだと思ったら…どうしたんですか?」
オショウ「いや、ごめん。ちょっと…」
オショウ「いや、確かにそうは言ったけど…」
笹子さんは端の席に座りながら「どういう流れなんですかw」と笑っていた。
オショウ「1くんが雁屋の漫画を読んで、そこから…」
すると、笹子さんは机上にあった雑誌を数秒見つめたあと、
「ああ、懐かしいなぁ」とぽつりと言った。
笹子さんは、少しだけいたずらな表情でそんな事を訊いてきた。
俺「ま、まあ…そんなところです」
笹子「でも、分かるよ。その漫画、すごく面白いもんね」
俺はその言葉を聞いて、胸がきゅっとした。
「すごく面白い」
俺もいつか、笹子さんからそんな風に言われる漫画を描いてみたい。
カリヤなんかに…負けたくない。
笹子「雁屋センパイに?」
俺「そうですよ。それですぐに追い越しますから」
笹子「へえ……」
笹子さんの反応が思ったよりもずっと鈍くて、また心がざわつく。
笹子「それで、オショウはなんて言ったんです?」
オショウ「いや、漫画家に固執しなくてもってね…」
俺「俺は漫画家に絶対になりたいんだから、それでいいじゃないですか!」
笹子「あのね、1くん。前も言ったけどさ…漫画家は辞めた方がいいよ」
俺「笹子さん、それなんですけど。どうしてそんな事言うんですか?」
笹子さんはしばらく黙ってから、口を開いた。
笹子「1くんが、楽しくなくなると思うから…」
それっぽい言葉だった。
でも、それっぽいだけで、全然納得できなかった。
漫研の人間は全員、カリヤという作家を見てきた。
だから、俺程度のヤツなんかじゃ漫画家になれっこないと、そう思っているんだ。
…めちゃくちゃに悔しかった。
ずっと自分が一番だと信じてきた俺には、この上ない屈辱だった。
だったら、証明してやるよ。
俺「わかりました」
笹子「え?
笹子「ちがう、そうじゃなくて…」
俺「もう、いいです。決めました」
俺「漫画で賞を取るまで、もう漫研には来ません」
俺はこの二人に絶対に認めてほしくて、そんな事を宣言してしまった。
自分ならできると信じて疑わなかった。
なんて痛いヤツ。
俺「その時は、俺の実力を認めて応援してもらいます!」
俺「約束ですよ!」
一方的にそう言うと、勢いよく立ち上がって、
そのまま部室を出て行った。
笹子「1くん、違うよ!そういう事じゃないの!」
笹子さんだけがそう叫んで俺を引き止めようとしたが、
俺は無視してそのまま走っていった。
この日を境に、俺はまったく漫研に顔を出さなくなった。
絶対に賞を取って、あの二人を驚かせてやる。
そして、笹子さんに認めてもらうんだ。
カリヤに向いている目を、俺に向けてやる!
そんな幼稚な考えだけで、自分のモチベーションの火を燃やし続けた。
俺は引きこもった。
この時が4月末だったので、正味10月まで、
俺は授業以外は家に引きこもって漫画制作を続けた。
ガチでちゃんとした漫画を制作するのは初めての経験で、
しんどかった。本当に。
その間、笹子さんや穂高だけは、時折心配してメールをくれたりもした。
…孤独だったので、かなり嬉しかった。
「ちゃんと漫画は仕上げたこと」だと思う。
これは本当に偉い。そこだけは、本当に。
正直言って、漫画を一作仕上げるのって、並大抵の気持ちじゃできない。
この時の俺は若くて、プライドがあって、意地があって、
笹子さんに認められたい、という気持ちがあったからできたんだと思う。
持て余していた感情の全てを、制作にぶつけた。
毎月、大学の部活なんかのために熱心に漫画を描いていたカリヤが、
どれだけ規格外だったか。
俺は身を持って経験することになった。
漫画を描けば描くほど、カリヤがどれほど遠い存在で、
どれほどに凄かったのかが、嫌というほどに分かった。
この頃はまだアナログだったので、作画の苦労だって途方もない。
原稿用紙1枚1枚に下描きし、ペン入れをして、ミスったら修正して、
トーンも一人で貼って、それを削って、今度は背景を描いて…
誇張抜きで死ぬかと思った。
そんな日々を半年間。
一番楽しいはずの大学一年の夏を返上して、
ひたすら引きこもって漫画を描いた。
自分だけで作り上げた、自分だけの世界。
厳重に梱包したけど、発送する時は本当に緊張したな。
雑誌に書かれた募集要項を何回も見直したりしてさ。
今でもよく覚えてる。
大学近くの郵便局から、意味もなく速達で発送して。
「どうか、なんでもいいから賞に引っかかってくれ…!」
って帰りに小さな神社で願掛けしてさ。
大変で泥臭い日々だったけど、楽しくもあったなぁ。
「ずっと引きこもって漫画を描き上げて、賞に応募できたこと」を教えた。
正直、穂高は授業もけっこう一緒に受けるし、
漫研部員でありつつも、その範疇を超えた唯一の友人になっていた。
穂高はひたすら「めちゃくちゃすごい!」と目を輝かせて言っていた。
「本当に賞に投稿してる人を初めて見た」と、
ただ賞に出しただけで、信じられないほどの称賛をくれた。
やはり穂高は良い奴だった。
俺の死ぬほど大変だった6ヶ月間。
その時は、胸を張って笹子さんに報告したい。
笹子さんも、きっと認めてくれるだろう。
そんな想いとともに、結果発表の時が待ち遠しくもあり、
同時に本当に怖くもあって……
原稿を送ってから結果発表まで、
ふわふわして落ち着かない日々を過ごした。
なので俺はバカ正直に、
その号の発売を心待ちにし、発売日に書店に駆け込んだ。
賞が取れれば言うことはなかったが、
とにかく早く結果を知って、楽になりたかった。
漫研にも早く復帰して、
とにかく笹子さんとも会いたかった。
毎日毎日、自分の漫画がどうなったか、
気にしながら生きるのはしんどかったんだ。
漫画賞の結果を、結果発表の号が発売されるまで知らないのは、
「負け確」であった。
いや、当然だ。
万が一何かしらの賞を受賞していたとしたら、とっくに連絡が来ているのだ。
応募作品の情報を誌面に出して良いのか、
ペンネームや個人情報は正しいのか、
今後もその雑誌で描いていく意思があるのか…等々。
担当者から絶対に連絡が来るのだ。
なしのつぶてだ。
でも、そんな事情、当時はまったく知らなかったので…
俺はドキドキしながら、期待に胸を膨らませて書店に行った。
自信だってあったし、小さな賞なら取れているかもしれないという想いもあった。
ドキドキしながらページを開き、新人賞の結果発表記事に目を通す。
俺の名前は……載っていなかった。
すぐには事情が飲み込めず、何回も何回も同じページを見直す。
おかしい。
どこかに絶対、俺の名前があるはずなのに…ない。
どうして? 何かの手違いか?
投稿作が届いていなかった? まだ審査されていない?
色んなことを考えるも…そんな事はないだろう。
俺の力が未熟だっただけで、それがすべてだった。
書店の駐車場で、倒れ込みそうになった。
目の前が真っ暗になるような、人生で初めて味わうド級の絶望感。
「へ…へへ、ははは…」
そして次の瞬間にはなぜか笑ってしまった。
人間、本当に現実を受け止められないと、マジで笑っちゃうんだな。
半年だぞ、半年。
何よりも貴重な、大学一年、19歳の半年間だぞ。
それが一瞬にして泡となって消えた。
俺は半年間もかけて……
賞も取れず、誰にも見てもらえない、「ゴミ」を生み出してしまったのか?
ショックすぎて、何も手につかなかった。
賞を取る?笹子さんに認めてもらう?
ましてや……あのカリヤを越えるだって?
馬鹿げていた。
それが、どれほど遠い場所にあって、
これからもどれだけの苦労と努力を続けないとたどり着けない場所にあるのか、
知ってしまった俺は、怖くて怖くて仕方なくなった。
人よりも得意であるという自覚を持ってこれまで生きてきた。
でも、漫画家になるという道は……
「俺には無理なのかもしれない…?」
そんな考えが、この時、生まれて初めて脳裏をよぎった。
カリヤに追いつき…そして漫画家になるためには、
またあの孤独で苦しい制作を乗り越えなければならない。
そして、その先に脚光が待っているという保証もない。
今回みたいにまた…箸にも棒にもかからない結果になるかも…。
その時俺は……。
考えると、頭がおかしくなりそうだった。
ずっとずっと、漫研のみんなが
「漫画家になるなんて辞めたほうがいい」と言っていた理由が分かった。
笹子さんの言ったとおり、俺は…
「楽しくなくなっていた」
絵を描くことを心から愛していたのに、考えたくもなくなっていた。
授業に行く気力すらもなくなり、アパートの部屋でひとり、
泥のようになって過ごしていた。
もう何もかもがどうでもいいと、
たった一回の挫折で、俺のハートは粉々に砕け散った。
笹子さんにはもう一度会いたい。でも、もう無理だ。
合わせる顔もないと思った。
そんな妄想にも似た事を願っていた。
今漫研に戻っても、きっと笹子さんは俺を笑顔で迎え入れてくれる。
「ほら、漫画家なんて辞めてよかったよね?」と。
でも、俺はそれでいいのか?
ずっと自問自答を続けていた。
笹子さんに応援されるくらい力をつけて、
漫画家を目指し続けたいんじゃないのか?と。
あんだけ大口叩いて、漫研のみんなからも腫れ物扱いされて、
横森さんやオショウさんにも啖呵を切って、
その結果が、この始末だ。
恥ずかしかった。
きっともう、漫研に俺の居場所はないと、
なんとなくだが察していた。
だからずっと、部屋に引きこもってしまった。
冬休みが明けても、まったく授業に行かない俺を心配して、
穂高から連絡が来た。
授業は大丈夫なのか?
3月には春合宿もあるし、漫研にももう一度来たらどうだ?
というような内容だった。
この連絡がある種の吹っ切れにも繋がって…
俺は、一度気持ちの整理のためにも大学へ行き、
漫研にも顔を出そうと思った。
今更、変な意地を張ってもしょうがない気がした。
恥ずかしいけれど、それが今の俺の実力で、俺のすべてだ。
そこから、またリスタートしてみよう。
そんな決意を固めた。
ちなみに、賞に落ちたことはまだ誰にも言えていなかった。
穂高にも、ずっとひた隠しにしていた。
穂高の方から賞の結果を訊いてこようとしなかったのは、
きっとアイツなりの配慮だったんだろうな。
やっぱり、本当にいいヤツだよ。
漫研って名前がついてなきゃこんなややこしい喧嘩売らなくて済んだんだろうね
やっぱオタサー系はどこも似た雰囲気なのかな?
特にこの頃のちょっとだけ日陰の感じ
今は違うんだろうけど
その日はまだ生活リズムがイカれていた事もあって、
大学へ行く頃にはすでに夕方前になっていた。
約1ヶ月ぶりの大学は、思った以上に人が多くて、
なんだか自分以外の人間が全員幸せそうに見えて、
精神的にかなり擦り切れるものがあった。
漫研に顔だけでも出そうと思えたのは、大きな進歩だった。
笹子さんに会って、これまでの事を全部話そう。
自分には賞は到底無理であったこと、
漫研の人たちに迷惑をかけて申し訳なかったこと…
俺の頭の中には笹子さんの事しかなかった。
とにかく、すぐにでも笹子さんと話したかった。
横森さんが一人で漫画を読んでいたからだ。
他には誰もいなかった。
俺「あぁ……」
横森「あ? なんだ1じゃねえか。久々だな」
大きなブランクがあるにも関わらず、
西日を背負った横森さんは、春先と変わらない調子で話しかけてきた。
横森「ずいぶん来てなかったから、辞めちゃったのかと思ったよ」
俺「いえ、そういうワケでは……」
横森「お前みたいな奴、漫研以外に居場所ないだろ? もっと来いよぉw」
横森さんは、おどけてそんな皮肉を言ってみせたが、
俺には言い返すような気力も最早なく…。
俺「そっすね、ははは…」
横森「おいおい、元気ねえじゃねえか。そんなキャラだったっけ…?」
俺「いえ…」
何を話せばいいんだ…と考えていると、
横森さんが「みなみけ」を読んでいることに気づいた。
俺「みなみけ、読んでるんすね…」
横森「ん? そうだけど。なに、1も好きなん?」
俺「好きっすね…」
すると横森さんは少し笑顔になって、「いいじゃん」と言った。
俺「はい? なんですか?」
唐突に質問されたので、本当に意味が分からなかった。
横森「三姉妹で誰派かって聞いてんだよ。お前なら分かるだろ?」
俺「ああ、そういうことですか。俺は…えっと……」
横森「恥ずかしがんなよなw」
俺「夏奈っすかね……」
そう答えると、横森さんは「おお!」と興奮した様子だった。
俺「元気で可愛いってのが…やっぱりいいですよね」
横森「そうそう! 分かるわぁ」
そしてその後、しばらくみなみけ談義に花を咲かせた。
なぜだか思ったよりもずっと盛り上がって、すごく楽しかった。
すると、横森さんは俺の目の前でにやりと無邪気な笑みを浮かべた。
横森「やっぱり悔しいけど、1とは趣味が合うんだよ」
俺「そ、そっすかね……」
横森「そうだよお前。ずっと来なくてさぁ」
俺はそう訊かれ……横森さんになら全部言っていいか、と思った。
俺「横森さん、俺……漫画描いてたんすよ」
横森「漫画? そういえばそんな事言ってたな、お前」
俺「30ページの、ラブコメみたいなヤツで」
横森「へえ。それは最後まで完成させたん?」
そう訊かれて俺は、「はい」とうなずいた。
横森「え、お前すげえじゃん…」
横森「マジかよお前! 本当に投稿してるとは思わんかったわ……」
話しているうちに、なんだか喉元が熱くなってくるのを感じた。
俺「正直俺、賞なんか簡単に取れるだろって、舐めてたんです」
俺「こんだけ頑張って描いて、取れないワケねえだろって」
俺「でも……賞なんて取れなかったんです。なんにも」
横森さんは、しばらく神妙な面持ちで俺を見つめていた。
横森「でもお前、漫画を描き上げて賞に出すなんて、そんな事なかなかできるもんじゃねえぞ…」
俺「やめてください。漫画を完成させるだけだったら誰にだってできます」
俺「あれだけ偉そうな事言っておいて…俺にはまったく才能がなかったんです」
横森「バカかお前!」
横森さんは急に大きな声を出した。
過去に、横森さんを二度キレさせた俺は正直ビビった。
横森「お前はすげえよ。あのな、普通漫画を一作描こうと思っても、」
横森「大抵のヤツが一作すら完成させられずに辞めちまうんだよ」
俺は黙って横森さんを見つめていた。
横森「同級生にも先輩にも、いたよ。お前みたいに”漫画家になる”って言いふらしてたヤツ」
横森「でもそういうヤツのほとんどが、漫画家どころか、漫画一作すら描かずに消えていった」
横森「だから初めてお前を見た時も、またこういうヤツが来たかって思ったよ、正直」
横森「描けない俺が、何いってんだって思うかもしれないけどさ」
横森「一作描き上げて、憧れの雑誌に投稿したんだろ?」
横森「そんなこと……本当になかなかできねえぞ?」
俺は横森さんのその言葉を聞いて、ぼろぼろと泣き出した。
今まで一人で抱えてきたこと、決して誰にも認められることのなかった苦労、
信じ続けてきた理想の自分と現実とのギャップ、
そういったものが一気に弾けて…もうダメだった。
俺「あんなに偉そうな事言ってたのに…すいません……」
俺は泣きながら、横森さんにそう言っていた
横森「なに言ってんだよ、お前…」
俺「俺、本当にみっともないなぁって…なんかほんと、すいません……」
横森「おい、そんなことねえって…」
横森「なんでだよ。なんでやめちゃうんだよ」
俺はもう、溢れ出た涙でぐずぐずになっていた。
俺「笹子さんに、辞めろって言われてるからです」
横森「ええ、笹子……?」
横森「なんで笹子なんだ…?」
俺「……」
横森「一作仕上げるガッツがあるんなら、もったねえよ。俺は応援するぞ」
俺「ありがとうございます。でも、俺は…どうしても笹子さんに認めてほしかったんです!」
この一言で、横森さんはすべてを察したようだった。
横森「1、お前さ……」
俺はこう問いかけられ、迷わずに答えていた。
俺「俺は、笹子さんが好きです」
横森「マジかよ……」
俺「最初は、ただ漠然と漫画家になろうと思ってました」
俺「でも、ここへ来てからは…漫画家になって、笹子さんの気を引きたいって思っていました」
横森「お前、それで半年もかけて漫画描いたのかよ…」
俺「はい」
横森「すげえわ……」
横森「いやいや、そんな事ねえよ。本当にすごいと思う」
横森「きっかけがどうであれ、お前はやりきったんだ」
横森さんは、なぜだか嬉しそうだった。
横森「にしてもお前、面食いか~?」
俺「そ、そんなんじゃないですよ。絵だってすごく上手だし、優しいし、俺にとっては憧れです」
横森「そっかそっかw」
横森さんはそう茶化すと、楽しそうに「ひひひ」と笑っていた。
そして、少ししてから。
横森「いや、めっちゃ大変だな…」
俺「…なにがですか?」
横森さんは、部室の一番奥の誕生日席を見つめた。
横森「残念だけど、笹子がお前を応援することはあり得ないんだよ」
俺「どうしてですか…?」
横森「お前、雁屋さんの事なにも聞いてないだろう?」
俺「カリヤですか? 知ってますよ。めっちゃ漫画が上手いあのカリヤですよね?」
横森「なんで知ってんだ?」
俺「コピー誌で見たからです。今も、漫画家目指してるんですよね?」
俺「どうしたんですか? カリヤが何か…?」
横森「いや……」
俺「なんすか? 笹子さんとカリヤが何かあったんですか?」
すると、横森さんはゆっくりと話し始めた。
横森「雁屋さんは、自殺したんだ。俺たちが1年の夏に」
俺「え…?」
横森「オショウさんと笹子は特に雁屋さんと親しかったからな、そりゃ言わねえだろ」
俺「なんで……」
ショックだった。ショックで、全身に鳥肌が立った。
カリヤが亡くなっていた事もそうだったし…
俺は、笹子さんとオショウさんにめちゃくちゃひどい事を言ったんじゃないのか。
なんの事情も知らずに……
横森「まあ、新入生には話さないようにしてたんだよ。知る必要もないしな」
横森「お前も、他の一年には言うなよ?」
横森「まあ気持ちは分かる。俺だって信じたくねえよ」
横森「そこの一番奥の席、あるだろ?」
横森さんはそう言って、部室の一番奥の誕生日席を指差した。
横森「そこな、未だに誰も座らないようにしてんだ」
俺「なんでですか…?」
横森「いつも雁屋さんが座ってたから」
NHKにようこその主人公
笹子
NHKにようこそのヒロイン
オショウ
ゴールデンカムイの坊主頭
横森
ワールドトリガーの槍使い
カリヤ
ガンダムWのトロワ
全員分かるからなんか吹いたわw
横森「本当にいつも座ってるもんだから、次第に雁屋さん専用席みたいになったらしい」
俺「そうだったんすね…」
横森「俺だってさ、今でもそこに普通に座ってる気がするよ」
横森「毎回、部室のドアを開けるたびに、そこに雁屋さんがいるんじゃねえかって…」
初日に、なぜ座っていたら怒られたのか、すべての合点がいった。
部室の一番奥の席は、紛れもなく「カリヤ席」だったんだ。
残された部員たちの気持ちが表れたものだったんだろうけど…
俺には、みんながカリヤの幻影にずっと取りつかれてるようで、
なんだか悲しい気持ちになった。
この漫研が、そんなものを背負って活動してきたなんて、
にわかには信じられなかったよ。
横森「お前、察し悪いなぁ…」
俺「え、もしかして……」
そのもしかしてだった。
考えうる限りで、一番茨のルートだった。
横森「笹子は、雁屋さんの事が好きだったからな」
俺「そうなんですね……」
悲しみなのか、虚無感なのか、なんとも言えない
暗い感情に包まれたのを覚えてる。
俺「どういうことですか?」
横森「雁屋さんは、連載案が通らなくてずっと悩んでたんだ。ずっとな」
俺「でもそれで自殺なんて……」
横森「いや、今のお前になら分かるだろ?上手くいかない気持ち」
俺「でも、俺なんかとは……」
横森「一緒だろ」
俺も話を聞いているのが本当に辛かった。
横森「亡くなる直前の雁屋さんの追い込まれ方、尋常じゃなかったからな」
横森「二徹三徹なんか当たり前で、毎晩毎晩考え込んでたらしい」
横森「その様子が普通じゃなかったから、俺たちもすごい心配したんだけどさ…」
横森さんは涙をこらえるように、懸命に話してくれた。
横森「俺たちが、雁屋さんすごい!ってまくし立てて、連載楽しみです!なんて言い続けてさ」
横森「誰も、雁屋さんが死ぬほど追い込まれてる事に気づけなかったんだ」
横森さんは、大きなため息をついた。
横森「俺でさえ、こんな引け目を感じてるんだ」
横森「オショウさんや……特に笹子がどう思ってるかなんて…なぁ」
そう言われて俺は…本当に言葉が出なかった。
横森「好きな人が漫画で死んでんだ。そりゃ漫画家になるなんて夢…」
横森「応援できるわけねえよな」
俺「俺、そんな事まったく知らずに……」
すべてが手遅れの、とんでもないほどの後悔の念が俺を襲った。
俺「俺、最低ですよ……」
横森「いや、気にすんなって。何も知らなかったんだから仕方ねえよ」
横森「辞めてどうすんだ? 漫画は?」
俺「漫画も描くのやめます、それこそ俺なんかに無理です」
横森「…そうか。でもお前、本当にそれでいいの?」
俺「………」
横森「お前、笹子が好きなんだろ?」
俺「…はい」
俺「わかんないっすよ……なんかもう、頭が破裂しそうです」
横森「……わり、そりゃすぐに答えなんで出ねえよな」
すると、横森さんはポケットからタバコを取り出した。
横森「はあ、ヤニ切れだ。俺喫煙所行くわ」
横森「とりあえずお前さ、今週の部会に来いって」
俺「…今週、部会あるんすか?」
俺「…はい」
横森「そこでもう一度、笹子と会って話してみろよ」
横森「色々考えて決めるのは、それからでもいいじゃねえか」
俺「わかりました…」
横森「じゃあ俺はタバコ行くけど。鍵はそのままでいいからな」
横森さんは疲れ果てたように、椅子から立ち上がった。
まさか、この人に救われることになるなんてな。
というか、横森さんは漫研内でも群を抜いて良い人だったんだけどな。
俺「今日の話、俺なんかに言って良かったんですか?」
俺「新入生には秘密にしてたって……」
横森さんは振り返ると「ああー」と返事をした。
横森「好きな人のために半年も籠もって漫画を仕上げたヤツだからな」
横森「信用したんだよ」
横森「バカ、それがなかったらお前なんて…」
横森さんはそう言うと、きまり悪そうにして、
横森「俺個人の感想だけど…。漫画、やめるのもったねえぞ」
横森「まだ一年なんだし、もうちょっと頑張ってみろよ」
横森「じゃあな」
それだけ言うと、横森さんはタバコを咥えて外に出て行った。
ひとまずは部会に行って、そこで笹子さんと話そうと思った。
色々な事情を知った上で、今の俺の気持ちを嘘偽りなく伝えようと思った。
結局…
俺の周りには、本当に良い人が多すぎた。
俺みたいな不安定で自分勝手なヤツ、
他の集団だったらとっくに弾かれて孤独になっていただろう。
だからこそ俺は、周囲の優しい人たちに甘えすぎて、
「痛すぎる自分」を余すことなく発揮し、
これからもっとひどい地獄に落ちていくんだけど…。
先が怖いなぁ
ここからあと一つだけ、とんでもなく痛い事件を起こしちゃうんだよね
なんならそれを書きたくて書き始めた
すまんがもう少し付き合ってくれ…
これからのこと、漫画のこと、笹子さんのこと。
決して間違うことのないように、何度も何度も頭をリセットしては、
同じことを考え続けた。
いつもはすぐ終わるシャワーを、1時間近く浴び続けていた気もする。
シャワーを浴びてる時って、なんだか一番考え事しちゃうんだよな。
これからも漫画は辞めない。
賞から漏れて、こんな自分に価値はないと思っていたが…
描き続けなければ、一生何も変わらないと気づいたからだ。
たとえ苦しくても、まだ続ける。
「次でダメだったらその時には辞めてもいい」
そう思うことで幾分か気持ちが晴れて、
それならもう一度くらい挑戦してもいいな、と思えた。
一度は賞から落ちてダメになったが…
それでも俺は辞めない。
漫画家を目指して、頑張り続ける。
たとえ何を言われようと、俺は夢を追う。
それで俺のことを嫌いになるのであれば……
笹子さんのことは諦めるしかないだろう。
そうなれば当然、漫研も去ることになるだろうけど。
だってこれが、この時の俺の嘘偽りのない気持ちだったから。
賞に落ちてから一切絵を描いていなかったので、
筆を握ったのはすごく久々だった。
コピー誌のテーマは穂高からメールで聞いていた。
「バレンタイン」という王道のテーマだった。
その王道のテーマで絵を描くのが本当に楽しくて…
不甲斐ない話だけど、描きながら泣きそうになってしまった。
ああやっぱり、俺は絵を描くのが好きだったんだって…
でもそれって、何よりも大事な事だったのかもしれないな。
前と同じ大講義室に、漫研部員たちが集合していた。
この日は春合宿の参加申し込み〆だったらしく、
オリエンテーション時と同じくらい多くの人が来ていた。
前と違うのは、みんなマフラーを巻いたりコートを羽織ったりして、
すっかり冬の装いになっていたことだ。
次第に、穂高の周りに知らない一年生が集まってきて、
俺はどんどん不安になっていった。
やっぱり、穂高以外のヤツとは、まだ上手には話せなかった。
その大講義室のなかに、笹子さんの姿もあった。
その姿を捉えたとき、心臓が信じられないほど飛び跳ねた。
ショートというよりボブヘアに近くなっていた。
それがなんだか光り輝くくらい可愛く見えて、
ああ本当に、やっぱり俺は笹子さんが大好きなんだ、と実感した。
あなたにずっと会いたかったし、ずっと話したかった。
どれだけ辛い過去があろうとも、
俺は笹子さんが好きだったし、俺の全てを笹子さんに伝えたかった。
俺はずっと遠くの笹子さんを見つめてドキドキしていた。
ちなみに俺は遊戯王は分からないんだ。
でも、04環境デュエルは好きだ。どうでもいいけどね。
ふと、前の席に、あの戸倉がいることに気がついた。
他の一年女子と話しているようだった。
DSで遊んでいたから、多分ポケモンでもやっていたんだろう。
考えるよりも先に立ち上がっていて、戸倉に話しかけていた。
馬鹿なんだ。いつだって自分の都合ばっかりの。
俺「あの、戸倉さんだよね」
戸倉「え、なに? あ、キミ……」
振り返った戸倉は耳にいくつものアクセサリーを付けていて、
服装も少しゴスロリが入っており、
何も言われずに見たら、まさに姫っぽい格好であった。
戸倉「なんですかぁ…?」
気まずかった。当然、戸倉はあの時の事を覚えているだろうし、
今更俺みたいなヤツがここに来て、話しかけてきて、いい気はしないだろう。
俺「あの、4月の親睦会の時……ひどい事言って、すいませんした……」
謝れば、受け入れてくれると思ってた。
それで許されて、全部済むんだと思ってた。
でも、そんなのは……まさしく「やった側」の発想で、そんなに甘くない。
戸倉はそれだけ言うと、何事もなかったかのように、前を向いた
そして、俺に聞こえるかのように……
友人「え、どうしたの?」
戸倉「しらんわ、なんやアイツ」
友人「大丈夫?」
戸倉「うん、なんかしらんけどホンマきもいわぁ」
一度やってしまった事はなかったことにはできないし、
世界は決して自分を中心になんか回っていない。
なのに俺は、自分はなぜか許されると思っていたし、
事態はすべていつか好転するなんて、思い込んでいた。
俺の考えが少し変わったくらいで、そう簡単に世界が変わるワケがなかった。
血が沸騰したかのように体が熱くなって、
両手が震えた。
明確な拒絶と、嫌悪。
それを一身に浴びた俺の弱々しい心は、一瞬で崩れた。
いても立ってもいられなくなり、
俺は穂高に「わり」とだけ言い残して、
大講義室から走って出て行った。
急いで飲み物を買った。
気分が悪かったので、そこのベンチに座り込み、
しばらく放心していた。
そこでどのくらい放心していたかは分からない。
ただ俺は、部会にも出ずにそのベンチでずっとぼーっとしてしまった。
晴れていたけど、真冬だったから風が本当に冷たかった。
部会もすっかり終わったようで、通りがかった穂高に声をかけられた。
漫研の一団が、目の前を通り過ぎたのだ。
穂高「1、お前こんな所にいたのか」
俺「あ、うん……」
穂高「お前、どうしたんだよ。せっかく来たのに……」
俺「いや、俺のことは気にしなくていいから、ごめんな」
「来週からテスト前最後の授業だぞ、絶対来いよ」と念を押し去っていった。
思っただろうな。
なんでコイツわざわざ部会に来て抜け出してんの?メンドクセーやつ。
ってさ。
なんとなく俺もそれが分かるような気がしたから、
なんだかすごく情けない気持ちになった。
俺と、穂高のやり取りで気づいたんだろう。
笹子さんだった。
笹子「1くんだよね? 久しぶり!」
俺「あ……」
笹子「元気にしてた? 全然顔見なかったら、心配だったよ」
俺は、笹子さんとどう話したらいいか、全然分からなくなっていた。
俺「あ、まあ……」
笹子さんが、俺に気づいていてくれた。
嬉しくもあり…なんとも言えない複雑な気持ちになった。
笹子「何かあったの?」
俺「いえ、何もないんですが、ちょっと……」
笹子「そっか…」
笹子さんはそう言って、俺に一冊のコピー誌を渡してきた。
俺「ありがとうございます…」
笹子「今日のテーマはバレンタインだったんだよ。1くんは描いてこなかったの?」
俺「あ、描きましたが……出せなくて」
笹子「えー、もったないじゃん」
俺「え?」
笹子「1くん、何か飲む?」
俺「いや俺は……」
そう言ったものの、笹子さんは温かい紅茶を買い、俺に渡してきた。
笹子「はい、飲みなよ」
俺「あ、ありがとうございます…」
俺「いいんですか? 他のみんな、帰っちゃいますよ?」
笹子「いいよ。今日はこの後特に何もないし」
俺「そうですか……」
笹子「それより、久々に1くんに会えたからさ」
そう言うと、笹子さんは小さく笑みを浮かべた。
俺は気を紛らわすために、コピー誌をぱらぱらとめくってみた。
やっぱり笹子さんの絵はすぐに目に入って「上手だなぁ」と感心してしまった。
俺「笹子さんの絵…やっぱりめちゃくちゃ上手いですね」
俺も笹子さんや…カリヤみたいに上手く描ければ…
そんな思いが頭の中を漂った。
笹子「ありがとう。…そうだ。1くんも描いてきたんでしょ?」
俺「まあ、はい……」
笹子「…見せてよ」
俺「は、恥ずかしいですから…」
笹子「なんで! せっかく描いてきたんだし見たいなぁ」
俺「わ、わかりました…」
俺は、笹子さんに一生懸命描いたイラストを見せた。
チョコを抱えた女の子の絵で…
勢い込んで、ご丁寧にトーンまで貼った力作だ。
俺「あ、ありがとうございます…」
笹子「1くんの絵からは、愛というか、楽しく描いてる感じが伝わってくる」
俺「そ、そうですか…?」
笹子「そうだよぉ」
笹子さんは、なんだかいつになく嬉しそうだった。
だからこそ…笹子さんの言っていることは、
嘘でもお世辞でもないんだな、と信じることができた。
本当に、この人と来たら…
人の気持ちも知らないで。
戸倉の一言で潰れかけた心も…
笹子さんと話していると、全てが嘘のように感じられた。
ずっと話していたいし、もっと笹子さんと一緒にいたかった。
笹子「1くん、漫研に戻ってきてくれるの?」
笹子さんの質問に、俺はなんて答えるべき迷った。
あんなことを宣言しておきながら、俺は賞を取れなかった。
今日も部会に顔を出したものの、
勝手に傷心して、一人で部会を飛び出してきた始末。
自分で書いていて思うが、本当に痛さの極みだ。
俺「…わかんないです」
笹子「なんで? 戻ってくればいいじゃん…」
笹子「なにが?」
俺「俺、賞取れなかったんですよ」
笹子さんは、はっとした様子でこちらに目を向けた。
笹子「え、賞って? 本当に応募したの…?」
俺「はい。それで…選外でした」
笹子「そう……なんだね」
笹子「本当に賞に出したなんて知らなかったよ。…頑張ったんだね」
俺「でも俺、これじゃ諦めません。次も絶対に挑戦して、その時は…」
笹子「そんなの…」
俺「はい?」
笹子「そんなの、もういいじゃん」
笹子さんは涙こそ流してはいないものの、今にも泣き出しそうな表情だった。
笹子「賞とかそんなのどうでもいいから、漫研に戻ってきたらいいじゃん…」
俺「笹子さん…」
俺にとっては、本当に苦渋の選択だった。
後になって振り返ればの話だけど…
ここが、本当に俺の人生の大きな分岐点だった。
もし人生にターニングポイントがあるのだとすれば、
間違いなく俺の人生においてはこの時で、
もう後には戻れないところまで来ていた。
「はい、漫画家なんて辞めて、漫研で楽しく過ごします」
って心変わりすることなんて、簡単なことだったと思う。
この時、俺は頭の中で何度も「人生の天秤」をかけた。
幼少期から追い続けてきた漫画家になるという夢、
自分の学生生活を彩る笹子さんという恋。
その2つを、頭の中で何度も何度も天秤にかけた。
もちろんそんな考えも浮かんだが……
俺の痛すぎる性格上、そういう中途半端な事はできないと思っていた。
仮にそんな選択をした場合、どちらも上手くいかずに破綻し、
後悔だけが残るだろうと確信していた。
だから、決めないといけなかったんだよ
夢と恋、どちらを取るか。
笹子「それは……わからないよ」
俺「俺は……夢を諦めたくないんです。どうしても」
笹子「そっか……」
俺「俺、絶対漫画家になります。だから、賞が取れたら、その時にはまた漫研に戻ります」
笹子「………」
笹子さんは、何も言わずに黙っていた。
笹子「……わかんないよ」
俺「…はい?」
笹子「そんなこと一方的に言われても、わからないよ…」
俺「…そうですか」
笹子「1くんの選んだ道だから、もう私には何も言えない」
笹子「じゃあね…」
笹子さんはそう言うと、ベンチから立ち上がった。
俺「ありがとうございます…」
笹子「楽しく描いてるだけじゃ、ダメだったのかな」
そう言って、笹子さんは歩いていってしまった。
ああきっと、すべてが終わったんだなぁと思った。
でも、喧嘩別れではない。
俺は笹子さんに自分の言いたいことを全部言って、伝えることができた。
ただ、それだけのことなんだ。
俺はこれからまた一人で、夢に向かって突き進んでいく。
大学に入学した時から、何も変わっていない。
「大丈夫。間違いなくこれでよかったんだ」
俺は自分に何度もそう言い聞かせた。
そうしないと、あっという間に真っ黒な後悔の感情に飲み込まれそうだった。
長い長い、あまりにも長すぎる春休みに突入した。
大学の春休みって、どうしてあんなに無駄に長いのかね。
「漫画を描く」と心に決めたクセに、
毎日何もせずにパソコンでニコ動を見るだけの毎日であった。
あの笹子さんとの一件以来、俺の毎日は本当に虚無だった。
なんの張り合いもない、意味のない日々に成り下がっていた。
賞に応募しただけでも1はすごいよ
ありがとうな…
実家から連絡があった。
母親が癌になり、病床に伏せたという連絡だった。
幸い早期発見で命に別状はなかったのだけど、
この出来事は俺の「意識」をはっきり変える出来事になった。
親だっていつまでも健在なわけではない。
漫画家を目指すのなら、すぐにでも結果を出さなければ、と強く思った。
「ヒカルの碁」「I’s」「鋼の錬金術師」「いちご100%」
など、自分が中高時代に愛したバイブル的漫画を、
一気に読み直した。
そして再び、「漫画ってすげえ!」という原体験を味わい直した。
そこから俺は不思議なほど……
すべてを忘れて集中することができた。
俺は自分の「最高だ」と思えるネームを書き上げていた。
32Pの、ラブコメだった。
自分の好きや憧れを全て詰め込んだ、
これ以上にないネームだと思った。
思っていたが……
やっぱり不安だった。
自分だけが良いと思っていても、正直言って不安だった。
清書に入る前に、どうしても誰かに見てもらいたかった。
でも、見せられる相手なんて一人もいないし……
そんな事を悶々と考え込み、ネーム完成から一週間近くも悩んだ。
そして俺は、穂高ならネームを見てくれるかも…と思い、
穂高に電話をかけてみた。
ただ電話をかけて話すだけなのに、それすらも少し緊張した。
俺「あ、穂高……」
穂高「なんだ1、久々じゃねえか」
俺「おう、ちょっとな……」
穂高「なんだ?w 一緒にとらのあなでも行くか?」
俺「いや違う、遊びの誘いとかじゃなくて」
俺「ね、ネーム……見てくれないかなって」
穂高「ネーム?」
俺「ああ、書いたんだよ……」
穂高「別にいいけど」
俺「マジか…! それじゃ来週あたりお前ん家行って…」
俺「え、暇だけど…?」
穂高「ならいいじゃん!お前合宿来いよ」
なにやら、嫌な予感がした。
俺「合宿って、漫研の…?」
穂高「そうだよ。一人家の事情で来れなくなっちゃってさぁ…」
穂高「でも、もうキャンセルできないんだよ」
俺を唾棄した戸倉に、笹子さん……
行ったところで。何になるっていうんだ?
俺「いや、俺は……」
穂高「いや、むしろ来てくれると助かるんだって!」
俺「なんでそんなに…?」
穂高「いや、俺3月から会計補佐なんだよ」
穂高「みんなから追加で金徴収するの嫌なんだよぉ…!」
そりゃあ穂高からしたら俺を人柱にできれば最高だろう。
一応俺は、今年いっぱいは部費も払ったしれっきとした部員だ。
適当に俺を引っ張っていって、俺から集金すれば、
会計の仕事も減って楽ちんというわけだ。
俺「でも、俺は……」
穂高「なんだ?あんまり来てねえから気まずいのか?」
俺「うん。そうなんだよ。だから……」
それは、俺を励ましてるつもりだったんだろうけど、地味に傷ついた。
穂高「マジでさ、助けてくれよ、な。来週ヒマなんだろ?」
俺「うーん…」
穂高「またテストの時過去問回すからさ…!」
俺「お前、それ約束な。なら行くわ」
穂高「マジかよ!助かるわー!」
ただでさえ大学をサボりがちであった俺にとって、
過去問や代返などの要素は超重要事項だった。
そのあたり、授業のサポートに関しては、
穂高に頼り切りであったので、たとえ条件ナシでも、
穂高のお願いを断れるワケはなかった…。
そうして俺は、新学年目前の3月半ば、
なんと漫研の春合宿に参加してしまう事になる…
バスを使ってなんとも地味な移動をし、
俺たちは温泉街にある、大きなロッジに宿泊した。
一挙に30人程度が宿泊できる想定の非常に大きなロッジだった。
ワークショップのようなものができる教室や、
ボール等が一式揃ったミニ体育館や小さなテニスコートなど、
ロッジ至近に様々な施設もあった。
まさに、大学サークルの合宿にうってつけのスポットであった。
思った以上に手が込んでいるんだなぁと感心した。
そのしおりの挿絵や表紙を笹子さんが描いていたので、
それはもう言うまでもなく素敵なしおりになっていて、
帰ったら綺麗に保存しておこう…と思った。
とはいえ、出発してからの道中、俺はずっと気まずくて、
終始穂高の金魚の糞となり、穂高バリアーを張った。
かくいう穂高も俺を無理やりに連れてきた自覚があるのか、
ある程度俺に構ってくれた。
戸倉はもはや別段どうでもいいとしても、
笹子さんがいることに動揺を隠せなかった。
もはや、この期に及んで何を話せばいいのかサッパリ分からなかった。
ただ、途中のサービスエリアで横森さんは俺に話しかけてくれた。
「来たんだな」
とそれだけ言って、ヘラヘラ笑っていた。
思った以上に「気まずい」と感じる瞬間が少なくて助かった。
まず、近くの教室を借りて「お絵描き教室」が開催された。
笹子さんとオショウさんが先導して、
希望者に絵の書き方を伝授する、といったものだった。
俺も穂高にくっついて、こっそりと参加した。
それは初心者に優しく、本当に楽しい内容で、、
「ああ俺も、こういう風にまわりにアプローチしていれば良かったのかな…」
と思う内容だった。
俺は気まずくなって外へ飛び出した。
穂高は「え、お前!」と驚いていたけれども、
確実に笹子さんとエンカウントしてしまうと思ったので、
なりふり構わず途中離席してしまった。
外に出ると、お絵描き教室に参加しなかった人たちが、
近くのテニスコートで楽しそうにはしゃいでいるのが見えた。
体育館で遊んでいるであろう連中にも、混ざることはできない。
このままロッジに戻って、一人でゆっくりするか…と思った。
歩いていると、ベンチに座って、渋い顔でタバコを吸う横森さんがいた。
横森「おお、1じゃねえか」
横森さんは、タバコを咥えたまま反応した。
俺「うっす……」
横森「座れよ」
横森さんはそう言ってタバコを勧めてきたが、
俺はタバコが嫌いなので、それとなく断った。
あの煙、むせるしどうにもダメなんだよな。
横森「お前、合宿きたんだな。なんか嬉しいよ」
俺「い、いえ…穂高に誘われただけで」
横森「ふーん、そっか」
何よりこの人とは趣味嗜好が合うし、
横森さんのオタ目線だけじゃない、ちゃんと一般的目線も持った意見をもらえたら、
すごくいいんじゃないか、と思えた。
俺はこの合宿に、一応自分のネームコピーを持ってきていた。
だからこそ、横森さんに見てもらいたいと考えた。
俺「……あの」
横森「なに?」
俺「あとで時間ある時、ネーム見てもらえないすか…」
俺「…はい」
俺がそう答えると、横森さんは嬉しそうに笑った。
それが、本当に嬉しそうだったので、とても印象的だった。
横森「お前、マジかよぉ」
横森「いいな…それ! 見せろよ!」
俺「まだネームなので見にくいかもですが」
横森「いいっていいって!」
俺「いや、まだ諦めてないんで…」
横森「お前、やっぱりすげえって!」
横森「じゃあ夜とかか?今からめっちゃ楽しみだわ」
俺「あ、ありがとうございます」
横森さんは、にこにこして煙を吐いた。
横森「ん?まあ普通だろ。別に。漫画だけじゃないし」
俺「それ以外にも?」
横森「映画だって見るし、アニメも毎期ほとんど見てるな」
横森「あ、でも一番は小説。三島とか谷崎とかよく読んでるわ」
俺「…すげえっす。そんなにインプットしてんの、漫研でも他にいないんじゃ…」
横森「俺な、編集者になりてえんだよ」
俺「……編集者?」
その時の横顔がなんだかかっこよくて、忘れらない。
横森「雁屋さんの事があってから、ずっと考えててさ」
横森「俺なんて、1みたいに絵が描けるわけでもないし、なんの才能もねえんだよ」
横森「なんもできねえ凡人なんだなって」
そんな事はないだろうに、と思いながら俺は話を聞いた。
横森「作品を愛する気持ちだけは誰にも負けないかもって思ったんだよね」
横森「俺は作り出すことはできないけど、作品への愛とその知識だけは誰にも負けたくない」
横森「そんで、それを活かして編集者になって、何かを生み出す作家の手助けをしたいんだよ」
俺「なるほど……」
一通り話したあと、横森さんは「はは」と笑って、
「まあ妄想みたいなもんだから気にすんな」と言った。
俺「……大人気企業っすもんね…」
横森「だからまあ、これが俺にとっての夢、なのかもな」
俺は今まで…絵を描かない連中に対し、
”なんの目的も夢もない雑魚”と蔑んでいたが…
その考えがどれほどに浅ましいものだったかを、痛感した。
横森さんなんかは、俺よりもずっと冷静に自分を分析し、
将来のビジョンを思い描いていた。
それが率直に、すげえと思った。
大学に来て初めて、絵を描かない人に対して敬愛の念を抱いた。
俺「はい?」
横森「お前の事だから笹子のトコに行ってると思ったんだけど」
俺「あ、行ってたんですが……抜け出してきて」
横森「ええ。なんでよ?」
俺「気まずくて……」
横森「気まずい?」
そういえば横森さんに何も言ってなかったなと思った。
笹子さんの事しか考えていなかったので、
横森さんはすっかり頭から抜け落ちていた。
俺「それなんですが…」
俺は、横森さんにこの前の部会の事を、洗いざらい話した。
それゆえ、今日も笹子さんと非常に気まずいということも…。
俺「そ、そうなんですよ……」
横森「でもそれってさ、おかしくね?」
俺「そうなんすよ、本当に俺は……」
横森さんは声を上げて笑った。
横森「いやいや、お前じゃないってw」
横森「笹子だよ、笹子」
横森「俺からすればさ、漫研に戻って漫画も描き続ければいいと思うワケ」
俺「でも、それは俺がムキになって……」
横森「違うだろ? そもそも笹子が素直に認めてくれれば、お前もこんな事にならなかったんだよ」
横森「おかしいと思うんだよ俺は。素直にさ、夢見てるヤツを応援してやれば済む話じゃん」
横森「1、聞くけどさ。じゃあお前は漫研ナシ…いや、笹子ナシでこれからまた孤独に頑張れるのか?」
俺「……わからないです」
俺「それはまあ…そうです」
横森「なのに、笹子は分かっててお前をそんな日々に落とし込んでんだぜ?」
俺「でも横森さん、それは笹子さんとカリヤとの過去が……」
横森「ちげえんだよ。雁屋さんの事気にしてんだったらさ」
横森「それこそ1を応援してやるべきなんだよ」
横森「下手したら、お前がまた独りで挫折して、どうにかなっちゃうかもしれねえのに」
横森「お前がどうなってもいいのか?って話じゃね?」
横森「いや、わかってる。笹子だって悪気があるわけじゃない」
横森「多分、お前のことも本気で心配してると思う」
横森「なのにお前ら二人は、うまくお互いの気持ちを伝えられてないんだよ」
俺「そ、それは……」
横森「ほんとに。何してんだよ、お前ら…」
横森「じゃあいいじゃん。お前も気にせず漫研に戻ってくりゃあ」
俺「それは……」
正直、横森さんにそう言ってもらえるのはありがたかった。
こんな事がなければ、漫研に戻って、
誰かとコミュニケーションを取りながら漫画制作をする方が絶対に良かった。
あの孤独の日々はもう…嫌だった。
でも、やっぱり漫研に戻るのであれば……
笹子さんとちゃんと話して、笹子さんに応援されたい、と思った。
横森「…まあ、お前からしたら漫研より笹子だよな、分かるよ」
横森さんはタバコを灰皿に投げ入れると、
「来いよ」と俺を誘った。
横森「体育館で軽くフットサルしてんだ。お前混じれ」
そう言われて、しばらく横森さんら他男子たちと、
体育館でフットサルをして遊んだ。
体を動かすこと自体久しぶりだったので…めちゃくちゃに楽しかった。
クソみたいな春休みになるはずだったのに、
なぜか大学生っぽい事してるなぁって思った。
カレーや鍋などをみんなでワイワイしながら作り、フリーダムな夕飯の時間を過ごした。
俺は、終始部屋の隅から見ているだけだったが、
知らない先輩に呼ばれて味見に参戦したり、
穂高を通じて1年男子と遊戯王やボドゲをしたりして、
徐々にではあるが、次第に輪に入っていけるようになっていた。
その間も、常に視界の片隅には笹子さんがいたが…
俺は意識的に避け、極力絡まないようにしていた。
きっと、向こうもそうだったんだと思う。
ド平日ということもあって人もいなかったので、
ここに来て、男子たちのテンションは凄まじいものになった。
大声で歌い、叫びながら大浴場に飛び込み、笑い転げていた。
そしてその中に、ニコニコの替え歌を熱唱したり、
アニメのダンスを大げさに踊ったりする人がいて、
オタ的なノリがふんだんに盛り込まれていた。
今思えば、割とヤバめのノリではあるが…若気の至りだ。
俺は一人で、こういうのもいいかもな、と思った。
ずっとずっと「絵を描かないヤツはクソ」と決めつけた俺も、
一年経つうちにさすがに考え方が変わってきていた。
楽しいかもしれない。
できることなら、ここに戻れたら……
風呂に浸かって笑いながら、そんな事をずっと考えていた。
64でスマブラ最強決定戦を行う者、
酒を入れつつまったりトレカに興じる者、
積まれた同人誌を肴に、推し語りをする者……
そのどれもが楽しそうで、
やっぱり漫研には漫研なりの「青春」があるんだなと思った。
かくいう俺は……横森さんにネームを見せるなら今だな、と思っていた。
肝心の横森さんは、ロッジのテラスのような所で椅子に座って、
缶ビール片手にタバコを吸っていた。
横には……笹子さんがいた。
でも、今見てもらわないと、横森さんも酒につぶれてしまうかもしれない…
合宿自体は1泊2日だったので、チャンスは今日しかないんだ。
俺は恐る恐る窓を開け……
俺「あの、横森さん」
横森「んお、1じゃん」
笹子さんは、俺の方を見ると、
「1くん」とだけ言った。
俺「あの、昼間言ってたネームの話……」
すると横森さんは嬉しそうに笑って、「そうだったわ!」と立ち上がった。
笹子さんは不思議そうにこちらを見ていた。
俺「いいんですか…?」
横森「いいよ別に。大した事話してなかったし」
ロッジの屋根裏に向かった。
はしごを使って、ロフトのようになった屋根裏に行くと、
すでに先輩男子で酔いつぶれた人が一人眠りこけていた。
横森さんはそんな事は意にも介さず、「すいませんね」と言いながら
堂々と電気を点けた。
明るくなるとその先輩は起きて、「使うの?」と言いながら
フラフラと屋根裏から下りていった。
横森さんはいたずら小僧のように、ニヤニヤとしていた。
俺「これです…」
恥ずかしながら、俺は横森さんに渾身のネームを見せた。
渡すとすぐに、横森さんは熱心な目つきで、
食い入るように俺のネームを読み始めた。
思えば。
自分以外の人間に自分の漫画を読んでもらうのは初めてだった。
たとえそれがネーム状態であったとしても、
なんだか自分の全てをさらけ出しているかのような感覚で…
生きた心地がしなかったのを覚えてる。
…なんて言われるのか。
横森「おもしれえぞ、これ!」
俺「マジすか!?」
めちゃくちゃに嬉しかった。
初めての感想、そして、初めて人に認められた安堵。
なんだか、「報われた」って気がした。
横森「キャラが可愛いだけじゃなくて、ちゃんとストーリーもあるのがいい」
俺「そう言ってもらえて良かったっす…」
その後、横森さんに褒められながら、
「横森さんが読んでいて詰まった所、分かりにくかった所」を、
一つ残さず教えてもらった。
コマ割りの仕方から、セリフ回し、そして演出や絵の見せ方…
横森さんのアドバイスはどれも俺が考えつきもしなかった事で、
本当に、さすが編集者志望だなぁと思った。
横森さんは常日頃から多くの漫画を読み、沢山の映画を観ている。
そういった知識の裏付けが、アドバイスに説得力を持たせていた。
俺の浅ましい知識では絶対に補えない部分であったし、
俺は横森さんのアドバイスを聞いて、どんどん光明が見えてくるような気がして、
言いようのない嬉しさを感じた。
お世辞なしに、この人なら将来編集者になれるんじゃ…と思った。
俺と横森さんの議論は白熱し、
二人ともなんだかめちゃくちゃにハイになっていた時。
屋根裏の入り口から声がした。
笹子「ねえ、何してんの。こんなとこで」
笹子さんが不思議そうに、顔をのぞかせていた。
横森「この寒いのに花火? いいよ。今いいところなんだ」
すると笹子さんはじーっと俺ら二人を見つめた。
笹子「こんなところで何してるの?ねえねえ、なんか秘密の話?」
笹子さんは楽しそうに訊いてくる。
そのノリが、なんだか笹子さんっぽくなかった。
恐らく、少しお酒も飲んでいたんだろう。
そう言われて、心臓が跳ね上がった気がした。
急にドキドキと胸が騒ぎ始める。
横森「ええ…。1、どうする?」
そう訊かれて俺は…
「どっちでもいいですけど?」
と、斜に構えた返事をしてしまった。
横森「俺、喉乾いちゃってさぁ。持ってきてくれたら来ていいよ!」
そう言われて笹子さんは「えー分かったよ」と言いながら、
一旦顔を引っ込めた。
横森「お前、大丈夫?」
俺「いえ、一度ちゃんと話したかったので…」
俺は腹をくくった。
ここに来てはっきりと目視する、部屋着姿の笹子さん。
俺の心臓は急速にスピードを上げたw
笹子「ごめんね。邪魔しちゃって」
横森「ビールくれればなんだっていいよ」
笹子「それで、何してたの?」
横森「ネームチェックってやつだなぁ」
笹子「ネームチェック?」
横森「そう。1先生の描いたネームを見てたワケ」
俺はそう言われて、小刻みに数回うなずいた。
笹子「そっか1くん、まだ描いてるんだね…」
その表情が、やっぱり辛い。俺の心をずきんと傷める。
俺が漫画を描くと、やっぱり笹子さんは……
横森「ってかさぁ、1が漫画を描いたって別にいいじゃねえか」
笹子「そ、それはいいよ。ただ私は……」
横森「よくはねえだろ。あのなぁ、1はお前に応援されたくてずっと描いてんだぞ」
笹子「…私に?」
本当にこの人、なにをやってくれてんだ。
でもそれで、俺は踏ん切りがついた。
もういったれ!と、全部さらけ出すことにした。
俺「…そうですよ」
俺「俺は笹子さんに応援されたくて……ずっと漫画を描いてました」
俺「でも、俺が漫画を描けば描くほど、笹子さんは離れていってしまうので…つらかったです」
俺「カリヤの事も、すべて聞きました。…辛い過去があったことも」
俺「でも……」
俺「そ、それでも俺は、漫画家を目指しますから」
しばらくの沈黙があって…笹子さんは寂しそうな顔をした。
笹子「そっか、1くんは知ってたんだね……」
それから、笹子さんは淡々と話し始めた。
笹子「前にもこんな事があったんだ」
笹子「…みんなの前でね」
横森「……そんな事あったなぁ」
笹子「私、嬉しかったよ。夢を語れることが、どれだけ輝いて見えたか…」
笹子「だから当然、心から応援したんだよ。でも……」
笹子さんは声が震えて、涙目になっていた。
横森「いいって、もう。無理すんな」
笹子「応援したい。応援したいよ」
笹子「でも、そこにたどり着くまでの孤独や苦痛は?」
笹子「叶わなかった時の悲しみは?」
笹子「そんな事考えたら、私はもう、無責任に応援できないよ…」
横森「だからって」
笹子「え?」
横森「せめてお前くらいは、1のこと応援してやれよ……」
横森「お前がそんな事言ってたら…」
横森「まるで雁屋さんのやってきた事が、全部ムダだったみたいじゃねえか…」
笹子「私はそんなことは……」
笹子「ただ、もしかしたら1くんもって思うと……本当に怖い」
笹子さんは俺とカリヤを比較していたわけでもなく、
俺のせいでカリヤを思い出すから距離を置いたわけでもなかった。
俺とカリヤを重ねていたんだ。…と思う。
心のどこかできっと……
俺も挫折をし、自ら命を絶つかもしれない、と思っていたんだ。
そう言って俺は、持っていたネームを目の前に広げた。
笹子さんは、ゆっくりとそれを手にとって、読み始めた。
俺「俺は漫画家を目指します。でも…それでたとえ何があっても、いなくなりません!」
俺「絶対です!」
俺はそう言って、笹子さんの目を見た。
笹子「本当に?」
俺「本当です!」
笹子さんは、ぽろぽろと涙を流していた。
俺「はい、絶対にです」
すると笹子さんは大きくうなずいた。
笹子「わかったよ」
笹子「じゃあ、応援する。1くんの漫画、楽しみにする」
そう言われた瞬間、
俺の視界がひらけて、きらきらと光に満ちた気がした。
笹子「うん、もう決めたよ。これから頑張ってね、1くん」
笹子「やるからには、本当に……面白い漫画、描いてね」
笹子さんは涙目のまま、にこりと笑顔を見せた。
それが、本当に本当に嬉しくて、俺は叫んで走り出したい気分になった。
横森「ほらなぁ。最初からさ、ちゃんと話してれば良かったんだ」
横森さんは、ご機嫌な様子でビールを飲んでいた。
「すっごく良かったよ」と一言だけ言った。
そしてすぐに「でもオチが弱い。これじゃだめ!」と笑った。
それを聞きつけ横森さんもやってきて、
「あーな!俺もそう思うんだよ!」と、
再び俺のネームを巡って議論が起こった。
この時、あのロッジの屋根裏で3人でネーム討論をしたこと…
紛れもなく、俺の人生において一番幸せな瞬間だったと思う。
俺のネームを読んで笑い、感想をくれて、応援してくれている。
俺の夢を後押ししてくれている!
この事実に俺は胸がいっぱいで、とても幸せだった。
何もかもを、ここまでで辞めておけば、
俺の大学生活も夢も、すべて幸せな思い出で終わっていたのに……。
漫画を描くなんてこと、これで終わりにしておけば良かったのに…。
まあそんな選択、この時の俺ができるわけないけれど。
終盤に差し掛かっていた花火に参戦した。
笹子さんはどうしても花火をしたかったようで、とても喜んでいた。
「一緒にやろ」と誘われて、
あの暗がりのなかで一緒に花火をしたことは、俺の永遠の思い出だ。
プリズムみたいに乱反射する花火の光をたたえて、
笹子さんは「今年の夏合宿でも、一緒に花火しようね」と笑ってくれた。
それが嬉しくて、涙が出るほど感激したけど、
その約束が叶うことはなかった。
穂高だけじゃない。横森さんも笹子さんもいる。
ネームだって見てもらって、悪い箇所は徹底的に直した。
今度の俺は独りじゃないし、きっと前よりもさらに良いものができる。
そうして2年生になった俺は、授業にも参加しつつ、
漫研にもたまに顔を出しながら、漫画の制作を続けた。
漫研はといえば、横森さんが部長になって新体制になった。
その事実が何よりも俺を勇気づけた。
それでもやっぱり、たった一人で漫画を描き続ける作業は、途方もなかった。
人生で2度めの”ガチ”のマンガ制作。
そして、前回と違って色んな現実も見えてきて、描いていて辛い。
上手く描けないシーン、キャラの表情が思ったように描けないシーン、
そういった箇所に幾度となくぶつかり、
そのたびに頭を掻きむしっては、半泣きになってトライアンドエラー。
それでも自分の描いている漫画は最高だと言い聞かせる。
キャラよし、設定よし、ストーリーよし。
あとは絵だけ、絵さえ俺が頑張れれば……
信じるしかなかった。
自分で、自分の漫画を、キャラクターを、信じるしかなかった。
俺は生涯で2作めとなる漫画を完成させた。
前回はオールアナログでの原稿だったが、
今回はペン入れ~仕上げをデジタルで行ったものだった。
ゆえに、前回よりも少しスピードを早めることができたし、
クオリティだって格段にアップさせられた自信があった。
まさに、当時の”俺のすべて”が仕上がった。
今度はかねてより憧れであった”持ち込み”をすることにした。
もちろん、前回選外となってしまった、
幼少期からの憧れであった雑誌に向けて、だ。
実際に持ち込んで、対面で編集さんの意見を聞きたい。
たとえ芳しくない反応であったとしても、
夢に近づくための具体期なアドバイスを貰える。
運が良ければ担当も付いてもらえるかもしれない。
持ち込みの方がすぐに返事ももらえるし、
リアルなアドバイスがもらえるから絶対に良いと言っていた。
7月の、夏の始まりの頃。
俺は緊張しながら電話予約をし、
人生で初めての漫画持ち込みを心に決めた。
お守りと言っても、便箋1枚に、「負けるな!」と書かれた
簡単なメッセージだった。
でも俺はそれがすごく嬉しくて、とっても心強かった。
目指すは東京、出版社の街。
俺にとっては、かねてからの憧れの地だ……。
俺はそれ以外にも、せっかく東京に行くし…ということで、
BとCの2つの雑誌にも持ち込み予約をした。
AとBは極めて至近に位置した出版社であり、
(人によってはこれだけで見当が付いちゃうかもな)
Cはすこし距離はあるものの、電車ですぐの位置にあった。
日程的に、一日でC→B→Aと回るスケジュールだったので、
俺はひとまずCへと向かった。
なんとも上から目線だが……
それでもやはり何て言われるのか、緊張で心臓が飛び出そうだった。
そもそも、世で言う「漫画編集者」なる人と初めて話す。
もしかして、ズタボロに言われたりするのか?
いや、俺の漫画が良すぎていきなり担当になったり?
もしかしてもしかして、
ABCすべての雑誌に担当ができちゃったり…!?
まさに、期待と不安が入り交じる。
人生でも初めて感じる、高揚感であった。
受付で持ち込みである旨を伝え、入館証を首から下げる。
すごい、これが出版社、東京…!
完全におのぼりさん状態だった。
ABCともに大手であったので、俺は完全に場違いの田舎者のガキであった。
ロビーの椅子にソワソワして座っていると、
なんだか体格がよく、迫力のある男性が来た。
俺はてっきり、編集部に入れるのかも!と考えていたので、がっくりした。
まあ、どこぞの馬の骨とも分からんガキを、執務室に入れるワケがないw
安っぽいパーテーションで区切られたスペース内に、
くすんだ白いテーブルと椅子があった。簡素なものだった。
特になんの雑談もなしに、座ってすぐに「じゃあ、拝見します」と、
原稿を催促された。
「そんなにすぐに…?」と、
心の準備ができていなかった俺は、面食らった…。
ものの3分程度で一気に素読みした。
「ふーん……」とため息をついてから、何個か質問を受ける。
男「これ、何作目?」
俺「2作目、です……」
男「へえ……」
男「今、いくつ?」
俺「今年でハタチです…」
男性は再び俺の漫画を読み直した。
そして読み終わると、トントンと束を揃えて、
「ありがとう」と俺に渡し返した。
男「悪くないね。漫画にはなってる」
俺「はい……」
男「でも、面白くはないなぁ」
男「これ、何が面白いと思ってる?」
俺はその質問に対し、自分の感じていたこの作品の良さを説明した。
すごい喋ったかもしれないし、簡潔に答えた気もする。
でも……
男「だめだよ。プロを目指すなら、趣味で描くわけじゃないんだ」
男「それだと売れない」
男「いいかい、自分の漫画は誰に刺さって誰に読まれてほしいのか、よく考えるんだ」
だからこそ、それに対し何も反抗できない自分が悔しかった。
結果的には、持ち込み時間はたったの小十分で終わり、
俺はボコボコに言われて終わった。
担当がつくなんてこともまったくなく、惨敗だった。
持ち込みの後、近くの喫茶店で一息付きながら…
落ち込みはしたが、まだまだ余裕はあった。
偶然、あの編集には俺の漫画が合わなかっただけだ、と。
それにCは次点の次点。
A、Bに続く良い予行練習になった。
俺はそんな風に前向きに捉え、次のBへと向かった。
Bでの持ち込みも、ほとんどCと同じような雰囲気であった。
違ったのは、編集者が来たあと、
まず「持ち込み票」のようなものに、簡単な個人情報を書いた。
年齢や、過去の受賞歴、漫画歴、好きな漫画等。
恐らく、話をスムーズに進めるためのものだったんだろう。
読むやいなや、俺を攻め立てるように、質問攻め。
B「きみ、絵はいつから描いてる?」
俺「小さい頃からずっと……」
B「……絵の練習って、一日にどのくらいしてる?」
俺「わ、わかんないです…描いてる時間だけなら、2~3時間とか」
B「はっははw 本気?」
その「本気?」と言った目に、怒りや呆れが滲んでいる気がした。
俺「そうなんですね…」
B「今、若くて上手い子なんてたくさんいるんだよ。追いつかなきゃ、そういう人たちに」
俺「はい……」
B「デビューできる子は、毎日10時間描くなんて、ザラだよ?」
俺「え……」
一日に10時間、それを毎日続ける。
この編集さんは、俺の前でそう言い切った。
俺「は、はあ……」
B「ただ漫然とやってるだけじゃデビューはできないよ。後悔するから、辞めなよ」
B「完成させただけでも偉い…なんて言いたいけど、そんなのは”当たり前”の事だから」
B「…この世界ではね」
そうして……
俺はBでも、C以上にズタボロに言われて……終わった。
Bに関しては、本当にまるでなんの手応えもなかった。
「デビューすることを甘く見るな。舐めるな」と言われ続けて、終わった。
そんな感情が押し寄せた。
Cに続き、Bでも惨敗……。
もしかして、Aでも俺は…
そんな風に落ち込んだが、感傷に浸る間もなく、
次のAの持ち込み時間はすぐだった。
そして、その足でそのままAへと向かった。
かねてよりの憧れ、俺の夢そのもの。
そこの編集さんは、俺の漫画を読んで何を思い、何を言うのか?
緊張と、焦りと、不安。
その全てがまざりあって、なんだか吐きそうな気分だった。
俺を出迎えた編集さんは、比較的若い方だった。
BとCがかなりベテランっぽい印象があったので、
俺はそれだけで少し安堵した。
少なくとも30代前半くらいの方だった。
この人なら、俺と感性が近いかもしれない…!
Aの編集さんは不意にそんな事を訊ねてきた。
時間が夕方だったからだろう。
俺「あ、はい、2つほど……」
A「そっかぁ。遠方からだと、一日で回っちゃうのがいいもんねぇ」
俺「そ、そうですね…」
今までよりも明らかにざっくばらんな雰囲気で、俺は戸惑った。
同時に、話しやすくていい人かも…と思った。
もしこの人が、俺の担当になってくれれば……。
そんな淡い願いも持った。
対面に座ったAは、笑顔でそう促した。
こちらの緊張をほぐすためなのか、ずっと柔らかな態度だった。
そして、目の前で…。
憧れの雑誌の編集さんが、俺の漫画を読んでいる。
一瞬にも無限にも感じる、息を飲む時間。
後にも先にも、人生でこんなに緊張した経験はない。
ドキドキしすぎて呼吸は荒くなるし、
なんだかトイレに行きたいような気もしてくるし、
手も震えが止まらんし、本当に大変な時間だった。
そんなものはない(´・ω・`)
ちぇっ
そう言うと、Aは俺の漫画を読み終わったようだった。
体感に過ぎないが、BやCよりも丁寧に読んでいた印象だ。
A「うーん、悪くないけど…。ごめん、面白くないなぁ」
俺「は……」
A「キャラがよく分からなくてさ、もうちょっと真剣にキャラの事考えた方がいいかも」
俺「そうですか……」
A「あと、絵はもっと練習した方がいいなぁ…」
A「なにか良いところがあればいいんだけど」
A「これだと、とても賞にも回せないなぁ」
俺「はい……」
A「ごめん。歳はいくつ?」
俺「今年でハタチです…」
A「ってことは、大学2年生とか?」
俺「はい」
A「そっかぁ…」
この一言が、俺の運命を決めた。
ああ俺、漫画家を目指す資格がないんだなって。
この時、本当に人生で初めて、心から気づいた瞬間だった。
辞めた方がいい、じゃなくて、「辞めないとダメ」なんだって。
A「いや、就活じゃなくてもいいんだ」
A「ごめんね。でもこれ以上漫画を描いてても、君にとっても良くないよ」
A「僕らも、無責任な事言えないんだよ。だって人生がかかってるわけだから」
A「ここで、よっしゃ向こう5年捧げて漫画家目指そうって言うのは簡単なんだ」
A「だってもし君が5年後に失敗しても、僕には関係ない」
A「でも、君にとってはやり直しのきかない…人生だ」
A「人生を、一生を捧げる覚悟はある?ってことなんだよ」
俺は言葉もなかった。
A「そして僕は……捧げない方が良い、と思うよ」
終わった。俺の夢。
俺に引導を渡した編集さんに、
「A誌、ずっと好きでした」と伝え、その場を去った。
まさに、「作家志望」から「ただのファン」に変わった瞬間だったと思う。
ずっと俺の人生を彩っていた光り輝く「夢」が目の前から崩れ去った瞬間。
苦しい時も、周りから反発を買った時もあった。
でもそれは、すべて夢への原動力。
光り輝く夢がずっとあったから、俺は頑張ってこれたし、
多少めちゃくちゃな、”痛い”事でもやり通してきた。
…でも、今は?
かつてなく、それはもう凄まじく真っ黒な感情に呑み込まれた。
笹子さんからもらったお守りの便箋は、
見るのが辛すぎて、ぐしゃぐしゃにしてホームのゴミ箱に捨てた。
ホームに飛び込んで死んでしまおうか?
帰り道にトラックに突っ込んでやろうか?
そんなおびただしいほどの希死念慮がみるみるうちに俺を支配して……
俺は「死にたいな」とだけ思うようになった。
ずっとずっとイキり倒して、周りをバカにして、
自分が一番だと思いこんできた、痛すぎる俺。
こんなヤツ、いなくてもいいじゃん。
よし、死のう。
俺はその日、下宿に帰ってから寝ずに徹夜した。
徹夜して、色んな「死に方」をネットで調べた。
でもそのどれもが眉唾で、なんとも現実味がなかった。
最悪、ベランダから飛び降りればそれで事足りるか?
でも、死にきれなかったら地獄じゃね?
そんな事を考えているうちに朝になり、
よしそれなら、と思って俺は近所のホームセンターまで行って、
それらしいロープを買ってきた。
本来なら、普通に大学に行っている日だ。
俺は部屋でひとり、買ってきたロープをずっと眺めていた。
本当に死ぬ気があったのかどうかは、今でも良く分からない。
いや、多分死ぬ気なんてなかった、微塵も。
ただ、絶望はしていたんだ、本当に。
やっぱり怖かった。
死にたくて仕方ないのに、消え去りたくてしょうがないのに、
それでも本当に死ぬのは怖くて怖くて堪らなかった。
「万が一自殺したくなったら、その直前に誰か知り合いに一本だけでいいから電話しろ」
と言っていた事を思い出した。
電話することで他者と話をし、自殺願望が薄れるという。
当時、若者の自殺が問題視されており、
大学でも1年次に注意喚起を込めて、そういった授業があったんだ。
そして、俺の人生において、最も「痛い」瞬間が来てしまう。
穂高でも、横森さんでもなく……
本当に何を思ったのか……
笹子さんに電話をしていたんだ。
笹子「もしもし、1くん?」
俺「笹子さん……」
笹子「どうしたの?」
笹子「え…なにが?」
俺「俺、死にます」
笹子「何言ってるの…?」
俺「笹子さんには、最期にお礼を言いたかったので」
笹子「ちょっと…今どこにいるの?」
俺「家っすけど……」
笹子「ちょっと1くん、落ち着いて。何があったの?」
笹子「意味分かんない! 急にどうしたの?」
俺「笹子さん、今まで本当にありがとうございました」
俺「それじゃあ、さようなら」
笹子「待ってよ!」
俺はそのまま、電話を切った。
「死ぬ」といえば、まだ自分が注目を集められると勘違いしていたのかもしれない。
カリヤとの辛い過去がある笹子さんに……
俺は、決してやってはいけないことをやってしまった。
俺は正真正銘、痛すぎるクズでしかなかった。
いや、もう痛いとかじゃないな。
ただの人間のクズ。
だが、俺はすべて無視した。
次第に笹子さんだけではなく、穂高やオショウさんからも着信が来た。
笹子さんはきっと部室にいたんだ。
その間、見よう見まねで、服用の備え付けのポールにロープを結んだ。
死ぬ気なんてきっとなかったので、見せかけだけのものだった。
そういう事をすることで、「死にそうな自分」に酔っていたのかもしれない。
俺は悲劇の主人公なんだ、と。
悩める才人なんだ、と。
そう暗示していたんだと思う…。
だからか……
不意にインターホンが鳴ったかと思えば、
外から「いいよ開けろ!」と声が聞こえてきて、玄関が開いた。
そして、「おい!大丈夫か!」と叫びながら部屋の中に、
笹子さん、穂高、オショウさん、3年女子一人が入ってきた。
笹子さんは、「1くん…」とだけ言って、そのまま泣き崩れた。
すぐにオショウさんが近寄ってきて、俺の両肩を掴んだ。
オショウ「お前、何やってんだよ!!」
オショウ「あのなぁ、こっちがどれだけ心配したか分かってんのか!」
俺「知らないっす。俺は死にたかっただけなんで」
オショウ「バカ言うな!」
オショウさんはそう言うと、ポールに結ばれたロープをほどき始めた。
穂高「お前、本当にするつもりだったのか…?」
さすがの穂高も、ほとほと狼狽した様子で、訊いてきた。
俺「なんだよ。関係ないじゃん。大体、俺なんか死んだっていいだろ」
笹子「そんなことないよ!!」
笹子「死んでいいわけないじゃん!なに言ってんだよ!!」
笹子「なんで、なんでこんな事すんだよぉ……」
そしてまたぼろぼろと涙を流し、号泣した。
笹子さんの様子は本当に大変なもので、
泣きすぎて呼吸もままならないほどになっていた。
そのまま、一緒に来ていた女子に抱きかかえられて、部屋を出ていった。
笹子さんをあんな状態にしたのは、紛れもなく俺だ。
俺って、なんなんだ?
オショウさんは「腹が減ってるから気が滅入るんだ」と言って、
宅配ピザをオゴりで取ってくれた。
俺もピザを食べているうちに”発作”が収まり…だいぶ冷静になっていた。
そして話すうちに、穂高もオショウさんも、
俺に「本当に死ぬ気なんてない」という事を察したようだった。
多分オショウさんは、俺のこと嫌いだったんだろうな。
本当にごめんなさい。
オショウ「俺は別に、お前が死ぬなんて思ってなかったよ」
オショウ「お前は、雁屋とは違うからね」
言われたのはそれだけだったが……
それが何を意味しているのか、俺にはよく分かった。
俺はカリヤと違って、周りにアピールしかしない。
俺はカリヤと違って、本気じゃない。
そしてそのどれもが、真理だった。
俺は何もかも、カリヤとは違った。
そして、そのカリヤですら届かなかった漫画家という夢。
俺には語る資格すらないよな。
オショウさんは一浪したから学年こそカリヤの一つ下だったが…
高校時代からずっと「盟友」だったらしい。
カリヤがあおい坂高校野球部などの作品を愛していたのも、
高校時代のオショウさんからの影響だったという。
そして、今回の俺の自殺騒ぎは……
そんなオショウさんの逆鱗にも触れたんだと思う。
大切な友人を自殺で亡くしたオショウさんが今回の件をどう思ったかなんて…
火を見るより明らかだった。
笹子さんを取り返しもつかないくらい傷つけ、
無二の友人である穂高にも「自殺しようとして気を引くやべえヤツ」という印象を残した。
次の日、穂高に連れられて横森さんも家に来た。
「お前ふざけんなよ!」と怒鳴り込まれた。
あんなに俺のことを気にかけてくれていた横森さんにすら、
俺は見放されたのであった。
そりゃあそうだ。
合宿の時、約束したんだから。
「俺は絶対にカリヤのようにはならない」って。
怒らないはずがない。
もう、みんなにバレちゃったんだよね。
俺は夢に向かって頑張ってるヤツでも、絵を描くのが大好きなヤツでもなく、
どんな方法であろうと、みんなから注目を集めたいだけの”痛すぎるヤツ”だって。
そういったものが、俺をこういった奇行へと走らせた。
よく飲み会とかでさ、常に話題の中心にいないと気が済まないヤツいるだろ?
それの究極形態が、大学の時の俺だったんだよな、きっと。
みんなから一目置かれたくて、仕方なかったんだよ。
何もかもがどうでも良くなって、一年弱休学した。
俺が休学したという報せは、穂高を通して漫研にもすぐ広まったようで…
笹子さんからもメールが来た。
「実家に帰るの?」と、ただそれだけ。
でも、それだけでも嬉しかった俺は、
「そうです。だから心配しないでください」とだけ送っておいた。
休学して、実家に帰ってしばらく引きこもった。
もう大学に俺の居場所なんてなかったしね。
その後大学を休学している間も、特にバイトをするわけでもなく、
実家で穀潰しになり、毎日自室に籠もってゲームして食って寝るだけ。
そんな、自堕落ですべてが終わった生活を、ずっと続けた。
実家は裕福な方だったから、特に金の心配もないし、
俺の親は不干渉だったから…何も言ってこなかったな。
すべてが終わった部屋で、ただただ毎日、
世界が明るくなって暗くなるのを見ているだけだった。
元気に大学に通っている時の方がずっとマシだった。
俺は真っ暗な部屋で、自分が絵を好きだったことも、
漫画家になりたかったことも、大学で出会った沢山の人のことも、
笹子さんのことも、すべて忘れて天井を見つめて過ごした。
次第に、俺を心配してメールをくれていたいくらかの人たち…
穂高や、横森さんや、笹子さんも、メールを寄越さなくなった。
時間はあっという間に流れて……
翌年の春、4月になっていた。
俺だけ2年生のまま春を迎えて…
穂高は3年生に、笹子さんや横森さんは4年生になっていた。
数ヶ月出入りしていなかったアパートへと戻った。
一度引き払って再度部屋を借りるよりは安上がりだろうって事で、
休学している間もアパートの部屋は借りたままだった。
再びあの部屋を開けた時は、色んな記憶が蘇ってしんどかった。
俺、こんな場所で死のうとしてたんだな。
いや、正確には”死ぬフリ”か。
みんなの気を引きたかっただけで、きっと死ぬ気なんてなかった。
ただでさえ、周りから一年ビハインドしてしまって、
授業になんて行く気にはなれなかった。
何もかもがくだらない、もう大学なんてやめちゃおうかな、
なんて思っていたときだった。
穂高から一通のメールが来た。
「笹子さんと横森さん、内定取ったってよ」
正直、聞き馴染みのない言葉だった。
まだまだ、ずっと遠い世界の話だと思ってた。
社会に出るなんて遥か先の話で、
自分はこのままずっとモラトリアムを謳歌できると錯覚していた。
だから、笹子さんや横森さんが”内定”を取ったと言われた時…
上手く気持ちの整理がつかなかった。
そうか。笹子さんや横森さんも、もう社会に出るんだ。
と、そんな当たり前のことに気付かされた。
笹子さんは小さなゲーム会社でデザイナー、
(あれだけ絵は仕事にしないと言っていたのに…)
横森さんに至っては、ガチで出版系の内定を取った。
あの二人は、俺なんかよりずっとずっと、
自分の夢に近づいたんだな…と思った。
「二人の内定祝いをするんだ。お前も久々に来るか?」
と書かれていた。
今さら、どのツラ下げて俺があの二人を祝いに行くんだろう。
万が一、億が一にだ。
俺が行ったとして、笹子さんを祝ったとして、
それで笹子さんは笑ってくれるんだろうか?
…当たり前だけどね。行くわけがない。
大体、大学にすら全然行っていなかったので、あの穂高とすら顔を合わせていなかった。
いよいよもって、大学に俺の居場所がなくなっていた。
穂高からは、
「こっちに戻ってるんだろ? 飲みにでも行こうぜ」
と、再三誘いをもらっていたが……
そういう、アイツの優しいところに甘えるような事も申し訳なかった。
だから俺は結局誰とも関わることができず、月日を消費していった。
…何もしないうちに。
そろそろ終わりが近い…のかな?
俺は大学に行くこともなく、誰と会うこともなく、
しみったれたアパートの部屋で一人過ごしていた。
ぼんやりしているうちに、季節は流れて6月になった。
むしむしして、すっかり暑くなっていた。
金もなかったので、エアコンを無闇に使うこともできず、
昼間だけ大学図書館に避難して涼んだりしていた。
高い学費を払って、授業を一切受けずに、
図書館で涼んでるんだから、本当に救いようがないよ。
世界で一番意味のない日々を過ごした。
テスト期間でもなく、基本的に人影のまばらな図書館で、
俺は日がな一日中物思いに耽っていた。
「はじめから絵なんて…漫画なんて描いていなければ」
「こんな事にはならなかったのに」
俺は、かつて創作活動に打ち込んでいた自分をひどく恨めしく思った。
と同時に、もはや心の底から絵を描くことが嫌いになっていた。
すでに、大学の2年間を棒に振った。
そして終いには大きくつまずいて転んで、すっかり居場所をなくして。
きっとだらだら留年を続けて、就活も上手く行かずに、
クソみたいな人生を歩むんだろうか。
目の前に広がる暗闇が本当に怖かった。
「漫画なんて描かずに、俺も普通に漫研に参加していたら、もしかしたら」
ありもしなかった架空の日々に思いを馳せた。
絵なんて、漫画なんて、クソだ。
そう思った。
館内の端のデスクで眠りこけていた俺の肩を誰かが叩いた。
「戻ってきてたの?」
俺「え……?」
笹子「久しぶりだね」
そこには、約一年ぶりに見る笹子さんの姿があった。
めちゃくちゃに気まずかった。
俺が最後に見た本物の笹子さんは、ぐしゃぐしゃに泣いていた時だった。
実に、あのクソ騒動以来での対面であった。
俺「あ……は……はい」
笹子「こんな所で、何してるの?」
俺「い、いや、別に特に何も……」
笹子「部室、来る?」
そう水を向けられたが……今さらあんな場所に行けるワケがなかった。
っていうかもう、部員ですらなかったし。
俺「いや、いいです……」
笹子「そっかぁ。お腹は、すいてる?」
笹子「じゃあさ、一緒に学食で行こうよ」
俺「大丈夫ですが…いいんですか?」
笹子さんは「なにが?」とでも言わんばかりにキョトンとして俺を見た。
笹子「じゃあ、せっかく久々に会ったし、いこっか」
そう言われて連れ出されて、俺は笹子さんと二人で学食へ向かった。
俺は「あの件」に触れる勇気を振り絞った。
俺「あの」
笹子「ん、なに?」
俺「俺…あんな事して…本当にすみませんでした」
笹子さんは、少し上の空で「あ~…」と言うと、
「ま、もういいよ。ほとんど忘れた」と力なく笑った。
俺と笹子さんの間には、どうしようもなく深い溝があることが、痛いほどに分かった。
笹子「私は、1くんが元気に大学に戻ってきて嬉しいから」
俺「あ、ありがとうございます…」
そんな会話をしつつ、料理を受け取って二人で空席をさがした。
ピーク時は過ぎた時間帯であったが、
それでも良さそうな席は埋まってしまっていた。
どうして笹子さんは、俺なんかを誘い出してくれたのだろうか?
単純に心配だったのだろうか。
俺「笹子さんも、もう4年生ですもんね」
笹子「どうしたの急に? そりゃそうだよ」
俺「いや、俺はまだ2年ですから」
笹子「あっ…そっか、ごめんね」
自分だけピッタリと、時が止まっているような気がした。
笹子「あ、ありがとう!」
俺「聞きましたよ。ゲーム会社でデザイナーだって」
笹子「うん、行きたかったところなんだ」
俺「笹子さん、絵は仕事にしないって言ってたから…意外でした」
俺がそう言うと、笹子さんは「そんな事も言ってたね」と笑った。
笹子「私ね、色々考えたんだ。自分の将来のこととか、人生のこととか」
俺「はあ……」
笹子「それでも、自分の好きな事を仕事にできたら、きっと楽しいんだろうなって」
笹子「好きな事を仕事にすると辛くなるってよく言うけどさ」
笹子「それくらい人生を好きな事に捧げたかったから……」
熱心に話す笹子さんの顔を見て…俺は思った。
「ああ、この人は俺とは違うんだなぁ」
笹子「いやまあ、ただ運が良かっただけだよぉ」
運がいいだけで、ゲーム会社でデザイナーになれるわけがない。
それは確実に”笹子さんの実力”だ。
俺は心の中でそう思ったけど、口には出さなかった。
俺「きっと笹子さんはこれからも、一生絵を描いていくんですね」
笹子「まあ、仕事にしたらね。きっとそう」
本当に愛して傾倒するって、こういう事だったんだな。
そう言われて…ドキッとした。
俺「俺はもう…描かないっすよ」
笹子「え、でも、あんなに熱心だったのに」
俺「あれは……一時のものだったというか。多分嘘っぱちだったんです」
笹子「……本当に?」
笹子さんは、とても寂しそうな顔をしていた。
俺「意味ないですから」
笹子「…嘘だよ」
俺「嘘って、何がですか? 僕はもう描きたくないって自分で…」
笹子「そんなの嘘じゃん!」
珍しく、笹子さんが大きな声を上げた。
笹子「1くんの絵は、いつも楽しそうな気持ちが伝わってくる素敵な絵だったよ?」
笹子「描きたくないなんて、そんなの嘘だよ」
俺「だって、俺なんかが描いたところで…もう意味なんか……」
笹子「1くんは初めて絵を描いたとき、意味があると思って描いてたの…?」
そう言われて俺は。
自分が「楽しい」と思って絵を描いていた日々の事を思い出した。
初めてお絵かきしたのはきっと小学1年の時で、
カービィを模写して母親に褒められたことがすごく嬉しかった。
中学に上がって、初めて女の子のキャラを描いた時はすっげえドキドキしたけど、
めちゃくちゃに楽しかったことを、今でも覚えてる。
でも、高校に上がってからはオタクいじめをされ、
そこから「見返してやる」という気持ちが強くなって、
ただただ自分の存在証明のためだけに絵を描き始めて……
「楽しい」よりも、「焦燥感」の方が、勝っていたかもしれない。
俺には才能があって、誰よりも上手くないといけなくて、
絶対に賞を取って、必ず漫画家にならなくてはいけない。
いつからか俺は、そんな風に考えてしまっていたんだ。
いつしか俺はそんな人間になってしまっていた。
そしてそれで突き進んだ結果……
今、こんな姿に成り果てた自分がいた。
笹子「1くんは、どうして絵を描き始めたの?どうして絵を描いていたの?」
俺「そ、それは……」
笹子「ずっと前だけどさ…私、1くんがアンケートに描いてくれた大河の絵、よく覚えてるよ」
笹子「楽しそうに絵を描くなぁって」
笹子「私は、1くんの絵がずっと好きだったよ」
嬉しかった。笹子さんにそう言ってもらえるだけで、どれほど救われたか。
でも、自分だけじゃもう、どうしていいかわかんなかったんだ。
俺「わ、わかりません! 俺にもわからないんです。俺はもうどうしたらいいか…」
俺「絵を描こうとすると、むなしくなるんです」
俺「叶わなかった夢とか、理想とかがちらついて、もう前と同じように描けないんです!」
俺は必死になって、そんな事を笹子さんに言っていた。
でも、取り乱した俺に対しても笹子さんは、落ち着いた様子だった。
笹子「1くんさ、この夏、ヒマ?」
笹子「私と一緒に、コミケ出ようか」
笹子さんの口から「コミケ」というワードが飛び出し、俺は驚いた。
俺「え、コミケですか? それって、同人誌を出すってことですか…?」
笹子「そうだよ。だからさ、同人誌作ろうよ」
笹子さんからの誘いだから、断るはずもなかったのだけど、
それってまた面倒くさい原稿作業をしないといけないのか…?
と思うと、気乗りはしなかった…。
笹子「だから、私が見たいんだよ。1くんの作品」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
本当に卑怯だ、この人は。
今まで俺は、漠然と自分の自己実現……
ただ夢のためだけに、絵や漫画を描き続けてきた。
こんな身近なたった一人のために何かを描く。
そんな事、考えたこともなかった。
そして、何かを作る上では、それが一番大事な事だったのかもしれない。
笹子「だからさ、一緒に描こう、同人誌」
俺「え、一緒って…?どういうことですか?」
笹子「だから、1くんと私の合同誌にしようよ。そしたら費用だって折半だよ!」
俺「俺を使って、費用を抑えようとしてません?」
笹子「ひどーい!そんな事ないよ!本当に1くんと同人誌が作りたいんだよ」
茶化すと、笹子さんはなんだか楽しそうに笑ってくれた。
笹子「ほんとに?」
俺「でも、コミケって申し込みとかジャンルとか…色々複雑だって聞きましたけど…」
笹子「あ、それなら大丈夫。就活が終わるだろって見込んで、私申し込んでおいたの」
俺「おお、それはすごいですね……」
笹子「まだ就活中だったらやばかったけどねw学生時代のうちに、一度参加してみたかったから」
俺「確かに、社会人になったら参加は難しいかもですね…」
俺「あ、そうだ。ちなみにジャンルは…?なにか版権ジャンルですか?」
俺がそう訊ねると…笹子さんは首を横に振った。
笹子「創作少年。…ほら、1くんの出番でしょ?」
笹子さんがドヤ顔でそんな事言うもんだから、俺は思わず吹き出した。
でも、なんだか騒がしくて楽しそうな夏になる気がした。
原稿作業に着手した。
笹子さんはイラストしか描けないとの事で、本文の半分を笹子さんのカラーイラスト、
そしてもう半分を、俺のモノクロ漫画で埋めることにした。
その間、笹子さんとたまにSkypeで連絡を取り合ったりして、
お互いの進捗を確認しあったり、励まし合ったりした。
印刷所の手配なんかも俺の方でして、
少しでも質が高く、料金がリーズナブルな所を探した。
本来であれば何もなかったはずの夏が、急に慌ただしく、
そして鮮やかに色づきだしたので、戸惑いつつも、それを目一杯楽しんだ。
本文も大体が仕上がって、あとは表紙絵だけ、となった時。
表紙のイラストはカラーが上手な笹子さんのイラスト単騎でいく予定だったが、
笹子さんが「二人の本だから」と、
どうしても俺と笹子さんのイラストを組み合わせた表紙絵にしたがった。
カラーはほとほと苦手だったんだけど、
笹子さんの「二人の本だから」という気持ちが嬉しくて、
俺は苦心してなんとか、オリジナルのカラーイラストをでっち上げた。
色んな苦労がありつつも、すべてのデータを無事に入稿した俺たちは……
きたる「夏コミ」本番を待つだけとなった。
俺は大井町で安いビジホを借りて前泊し、
笹子さんは高田馬場の親戚の家に泊まって前乗りをした。
早朝に国際展示場駅で待ち合わせた笹子さんと俺は、
初めての異空間に圧倒された。
見渡す限り人の海で、果てしない熱気をまとった人間が、
このビッグサイトで一堂に介している。
その状況があまりにも「非現実的」で、
俺も笹子さんもただただ圧倒されるばかりだった。
東に比べればそこまで広くない西館であるが、
この時ばかりは俺も笹子さんも圧倒された。
あの「コの字型」の展示棟に、これでもかと長机が並んでいて、
色んなサークルさんが思い思いのポスターを掲示し、
自分の「自慢の作品」を並べている。
その光景には、すべてに「情熱」と「愛」が宿っていて、
こんな世界があるんだなぁとかつてない衝撃を受けた。
笹子さんと二人で興奮しながらスペース内に入り、
「これですよね!?」と急いでダンボールを開封。
なんとも言えないインクの匂いともに…
俺と笹子さんの苦労の結晶である、同人誌の束が出てきた。
俺「す、すごい! 本当にちゃんと、本に、本になってますよ!!」
笹子「マジだ!すごい!ちゃんと本だ!」
いや、大手のサークルさんからしたら、大した数字じゃないだろうが。
初参加で、かつオリジナルの同人誌とあっては、かなり冒険した数字だった。
でも、笹子さんはピクシブでも普通に人気があったので、
このくらいの数字にしても普通に大丈夫だろう、という算段だった。
初めての同人誌にすっかり舞い上がった俺と笹子さんは、
あたふたしながらサークル設営をしつつ、
隣のサークルさんと挨拶をして新刊を交換したり、スタッフさんに見本誌を提出したり、
そんな初めての「同人イベントの定番」を楽しんだ。
会場内、一斉の拍手とともに、コミケがスタート。
その拍手の文化を知らない俺と笹子さんは、
きょろきょろと周りを見回しながらも、なんとなく拍手をした。
開始してから15分弱で、「新刊ください」と、
一人の男性が同人誌を購入していった。
緊張でどぎまぎしながら「ありがとうございます!」と
言って、本を手渡した。
「本当に買ってくれる人がいた!」と二人して大喜びであった。
その後も、あまり途切れることなく、俺と笹子さんの同人誌は次々と売れていった。
その度に、俺も飛び跳ねて喜んでいたが…。
けど、時間が経つにつれて俺は気づいた。
これ、買っていってる人、ほとんどが笹子さんのファンだ。
考えてもみれば、当然のことであった。
だって笹子さんはpixivでもランキングに入るほど、
すでにそこそこ知名度があって、かつイラストもすこぶる上手い。
そんな人と合同で本を出したら……そりゃあ、笹子さん目当てで買いに来る人ばかりだろ。
声をかけてくる人も、みんな「○○さん(笹子ペンネーム)います?」としか言ってこない。
開始1時間くらい経過してから、今さら俺はその事実に気づき……
スペース内で一人また、自分を客観視していた。
「笹子さんと同人誌が作れる」っつって一人で勝手に盛り上がって舞い上がっていたけど、
結局、結局……現実はこれだ。
俺はただのヘボで、主役ではない。
この同人誌だって、作る意味はなかったんじゃないだろうか?
俺はふと、こんな事を言ってしまった。
俺「この同人誌……俺、必要だったんすか?」
笹子「…どうして?」
俺「だって買いに来る人はみんな笹子さん目当てで…」
俺「はっきり言って、俺の漫画なんてただの邪魔ですよね?」
そう言うと、笹子さんはイベント効果で高揚していたのか…いつもの笹子さんとは違った。
ぱしん、と俺の肩を叩くと、
「何言ってんの!1くんの漫画最高だったじゃん!」と楽しげに言った。
笹子「1くんの漫画、すごく面白かったよ」
笹子「描いてくれて本当に感謝してるし、私、また1くんの漫画読めて…本当に嬉しかったよ」
ちょっと前まで「笹子さんは印刷費を抑えるためだけに俺を利用したんじゃ…」
とか考えていた自分を、殴り倒したくなった。
笹子さんのその表情には、まったく嘘偽りがなかった。
本当に、心の底から、きっと俺の漫画を楽しみにしてくれていた。
というか、どうかそうであってほしい。
あの女神のような表情が、嘘であったなら、俺は死ぬ。
笹子「だから、そんな事言わないでほしい」
笹子「少なくとも今日、私たちの同人誌はたくさんの人の手に…渡ったんだから」
俺「まあ……それも、そうですね」
俺は、あと数冊になった同人誌の残りを見て、
最後までイベントを楽しもう、と思った。
そして、それから少しだけ間があって……。
そのすぐ後であった。
俺と同性代くらいの、若い男性が「いいですか?」と同人誌を手に取った。
そしてしばらく熟読。
一回読んで、もう一回読み直す。
そして笑顔で顔を上げると……
男「この漫画描いた方、今いらっしゃるんですか?」
急な質問に、俺も笹子さんも驚く。
俺「あ、俺……ですけど」
そう言って笑顔で、500円を差し出した。
初めてのことだった。
まったく知らない誰かに、直接、自分の漫画を褒めてもらったこと。
だから俺は嬉しくて、嬉しくて、混乱してしまい……
その男性が去ったあと、スペースに立って売り子をしたまま、涙を流していた。
笹子さんに「大丈夫?」と心配されたが、
涙は止まらず、ぼろぼろと泣き続けていた。
自分の生み出すものは、ずっとずっとクソだと思っていた。
でも、いた。
今日、確かに、そこにいた。
どこかの、知らない誰かに、届いた。
そう思うと、もう自分の感情がわからなくなり、ただぼろぼろと泣くしかなかった。
でも、考えてみれば……最初からそうだったのかもしれない。
笹子さんも俺の作品を好きだと言ってくれた。
高校の時だって、中学の時だって、ずっとずっとそばには、
俺の作品を好きだと言ってくれる人がいた。
なのに、夢とか漫画家とか、大きすぎる目標だけが先行してしまって、
自分の中でそういった人たちの存在にずっと気づかずにいた。
バカだと思った。
いつだって、どんな時だって、必ず……
誰かが自分の作品を見ていてくれる。
俺は、そんな単純なことにずっと気づいていなかったんだ。
そんなシンプルな事にやっと気づくことができた。
絵はただ自分が楽しいから描くものだったし、
そして、それを応援してくれる人は、気づかないだけで、どこかにいるんだ…と。
この、コミケの熱狂渦巻くビッグサイトのど真ん中で、
俺はそんな単純なことに気づき……
ただただ、涙を流すしかなかった。
俺と笹子さんは14時過ぎには会場から撤収した。
なんだか、いつになく、本当に清々しい気持ちだった。
一日中熱気の中にいて、体なんか全身汗だくでひどいものだったけど、
外はバカみたいに晴れていて、この上ない青空が広がっていた。
笹子「ほんと? 1くんがそう思えたなら、本当によかった」
俺「正直言うと、ちょっと怖かったり…卑屈になっていた部分もあったんです」
笹子「……そっか」
俺「でも、なんか全部どうでも良くなったっていうか。もちろん、良い意味で」
笹子「…うんうん」
俺「笹子さん、俺……また絵とか漫画、描きます」
俺「だって、描くのは……楽しいですから」
俺がそう言うと、笹子さんは小声で「だろ?」とだけ言い、にこりと笑顔を咲かせた。
痛すぎる行動も何度もしでかしてしまったし、その代償が消えることもない。
けど……
俺は、きっとこれからもまた懲りずに絵や漫画を描き続けるんだろう。
ビッグサイト前のやぐら橋で振り返ると、
あの”逆三角”が青空のなかにくっきりと浮き立っていた。
俺「俺、またなんか描きたくなってきました」
笹子「わかるよ。私も」
俺「帰ったら、何描こうかなぁ」
今まで長い間、お付き合いいただいて本当にありがとうございました。
https://twitter.com/Tomizawa_2ch
↑Twitterもやってますので、もしご感想があればこちらにお願いします。
それでは、本当にありがとうございました。
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すごく綺麗なドラマだったからそうかもなぁとは思っていたが
創作だとしてもホントに楽しめたよ。ありがとう。
なんかこの世界に入り込みすぎて、俺もどっと疲れたよ
笹子さん女神ww
夢を追いかけてる人は必見の読み物だろこれ
特に、クリエイター系目指してるやつ
これをちゃんとした作品として改めて出して欲しい!
引用元:俺の痛すぎる大学3年間を語る
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1608666816/